葵と綾と美羽、そしてハムスター

蒼井 凌

Part.1

 町内会の夏祭りは、例年になく賑わっていた。


 屋台の灯りがずらりと並ぶグラウンド。

 焼きそばの香り、ラムネの瓶の音、射的の歓声。

 にぎやかな空気が夏の夜を彩っていた。


 その一角、焼きとうもろこしの屋台前。

 葵と綾と美羽は、3人で串を手に、もぐもぐととうもろこしをかじっていた。


「……ん~、甘っ。やっぱり祭りのとうもろこし最強だな」


 葵が満足そうに呟くと、綾も口の端を上げる。


「こういうのはホント、毎年レベル下がらないのがすごいよね」


 美羽は一歩下がって、2人を見上げるように笑った。


「……わたし、そろそろ行かなきゃ」


「ん?ああ、準備か。ステージって1時間前から入るんだ?」


 葵が振り返ると、美羽は少しだけ表情を曇らせた。


「うん……それもあるけど……実は今日、お姉ちゃんが来れなくなっちゃって……」


「え?マジで?」


「うん。振り付け、ちょっとだけ変わっちゃうから、練習しなきゃなの」


 綾が目を丸くする。


「本番1時間前で変更!? 間に合うの、それ?」


「わかんない……でも、がんばるしかないし」


 そう言って小さく笑った美羽を、葵と綾は一瞬見つめた。


「……じゃあ、付き添ってくか。楽屋まで」


「うん!」


 そして、3人は屋台の喧騒を背に、ステージ裏へと歩き出した——。



 やがて3人は、特設ステージの裏へとたどり着いた。


 楽屋の入り口を前に、「じゃあ、行ってくるね」と美羽が言おうとしたその時。

 葵が少し考え込んで、ぽつりと口を開いた。


「ねぇ美羽……もし“お姉ちゃんの代わりに出られる人”がいたら、振り付けって元のままでいけるの?」


 綾と美羽は驚いたように目を瞬かせ、それから美羽は小さく頷いた。


「うん……向き合って手を合わせる振りとかもあるし、やっぱり2人のほうが合わせやすいから……そっちの方が絶対やりやすいと思う」


 葵はにやっと笑って、綾の肩をぽんと叩く。


「……綾、行ってこい」


「はぁ!? なんであたしが!?」


 美羽がハッとした顔に、綾はにわかに身の危険を感じる。


「いやいやいや、こういうの葵の方がノリ良いし合ってるでしょ!」


「でもさ、綾、体育祭のダンスとか一番最初に覚えてたじゃん。あたしは今からじゃ無理だけど……綾ならいけるんじゃない?」


「いやいやいやいやいや、意味わかんないから!」


「美羽のお姉さんって黒髪ロングだったよね? 綾も黒髪ロングなんだし、ちょうどよく――」


「だったらあんたが黒く染めてこいっての!」


「……綾」


 葵は笑わずに、でも真剣な顔で綾を見つめた。


「こないだカラオケ行ったとき、振り付けも笑顔もばっちりキメて、アイドルソング歌ってた姿……あたしは忘れないよ」


 綾は目を見開いた。


「そういうの……ほんとは、好きなんじゃないの?」


 美羽もぱっと綾を見る。


「……」


 綾の頬が、ゆっくりと赤くなっていった。


「い、いやでも……だいたいさ、今から出られるって決まってるわけじゃないし! それに、そんなの――」


「じゃあ、ダメ元で聞いてみなよ」


 葵が背中を押すように言った。


「いやいやいや、衣装入るかどうかもわかんないし…」


「合わせてみなよ」


 綾が言葉を探していると、美羽は何も言わず、まっすぐに綾を見つめていた。


 綾は困ったように視線をそらし、心の中で呟く。


(あぁ……反則だよ……その目は……)


「行けっ! 綾! 自分を信じろ!」


 葵がそう言った瞬間――。


 美羽が、無言で綾の手をガシッと掴んだ。


「えっ――」


 反応する間もなく、美羽はそのまま綾を引っ張って走り出す。

 全力で。超真顔で。


「ちょっ、ちょっと待って!美羽さん!?無理無理ムリむり!!聞いてないってば!ってか、強っ!ちょっ…まっ…わかったわかったっ!」


 楽屋に消えていく、2人の背中と綾の叫び。

 それを見送りながら、葵はふっと笑った。


「……とか言いつつ、行ってあげてるじゃん♪」


 葵はスマホを取り出し、にやりと笑う。



(つづく)


※次回は2025年8月31日(日)19時50分 公開予定


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