第25話

古代の練兵場に、心地よい疲労と、それ以上の高揚感が満ちていた。

ほんの数秒。

だが、あの、完璧な調和と共鳴の感覚は、俺たち四人の体に、魂に、確かに刻み込まれていた。


「……はっ、はぁ……。今の、は……」


最初に、言葉を発したのは、カインだった。

彼は、自分が差し出した炎が、エリザの光と、あそこまで美しく溶け合ったことが信じられない、という顔をしている。


「……あなたの魔力、まるで嵐のようね、ヴァルザー君。抑え込むのに必死だったわ」


エリザが、汗を拭いながら答える。

その声には、いつものような棘がない。

初めて対等な戦場の仲間として、カインを認めたような響きがあった。


「……うるせえ。あんたの魔力こそ、太陽みてえに眩しすぎんだよ」


カインは、ぶっきらぼうに、そう言い返す。

だが、その顔は、どこか誇らしげだった。

生まれて初めて、自分以外の誰かと力を合わせる、その喜びを知ったのだろう。


「……一瞬だったが、俺たちは、一つになっていた」


ルナが、静かに、そう結論づける。

その蒼い瞳は、どこか遠くを見ているようだった。


俺は、そんな三人の姿を、黙って見ていた。

悪くない。

このぎこちない、しかし、確かな一体感。

これがあれば、帝国の『沈黙の魔術師』とも、渡り合えるかもしれない。


「……今日の訓練は終わりだ」


俺がそう告げると、三人ははっとしたようにこちらを向いた。


「よくやった。……全員、な」


俺のその素直な労いの言葉に、三人は少し驚いたような、そして、どこか照れくさそうな複雑な表情を浮かべた。

特に、カインは、顔を真っ赤にしている。



訓練を終え、俺たちは、寮へと続く夕暮れの道を並んで歩いていた。

あれだけいがみ合っていたのが嘘のように、四人の間には穏やかな沈黙が流れている。

だが、その平和は長くは続かなかった。


「リオ」


俺の隣を歩いていたエリザが、そっと声をかけてきた。


「今日の訓練の成果について、、あなたと二人で詳しく話し合っておきたいの。私の執務室で、お茶でも飲みながらどうかしら?」


あまりにも自然な提案。


「待て」


そのエリザの言葉を遮ったのは、ルナだった。

彼女は、俺とエリザの間に、すっと割って入る。


「戦略会議ならば、全メンバーが参加するべきだ。それに、キャプテンは今日、一番消耗している。……お茶よりも、休息が必要だろう」


ルナは、エリザを牽制する。

二人の女の間に、見えない火花が散った。


「な、なんだよ、お前ら……」


カインが、その不穏な空気に、戸惑いの声を上げる。

その、カインの助けを求めるような視線が、俺に向けられる。


(……だから、面倒なんだ)


俺が、心の中で溜息をついた、その時だった。


「――あ、リオ君!」


聞き慣れた、明るい声が俺の名前を呼んだ。

道の先。

寮の入り口で、小柄な一人の少女が、心配そうにこちらを見つめていた。


「リリィ……」


俺の、この学園でのたった一人の友人。

彼女は、俺の姿を認めると、ぱあっと顔を輝かせ、こちらへ駆け寄ってきた。


「よかったあ! あなた、最近ずっと、朝早くからどこかへ行っちゃうし……。なんだかすごく大変そうな人たちと一緒にいるし……。心配、だったんだよ? ちゃんと休めてる?」


リリィは、俺の顔を覗き込み、その大きな瞳で真っ直ぐに、俺の体を気遣ってくれる。

その純粋な優しさが、今の俺の心には、あまりにも深く沁みた。


背後で、空気が凍りつく。

エリザ、ルナ、そして、カイン。

三人の視線が、リリィという異分子に集中する。

特に、エリザとルナの、視線は、もはや――


「……あなたは?」


エリザが、完璧な笑みを浮かべて、リリィに問いかける。

だが、その目は、全く笑っていない。


「Fクラスのリリィです! あの、リオ君とはお友達で……」


「そう。……ご心配ありがとう。でも大丈夫よ。リオは今、生徒会の非常に重要な極秘任務に就いているの。彼のお世話は、この私が、責任を持ってするわ。……だから、あなたは、もう余計な心配はしなくてよろしくてよ」


それは、丁寧で、そして、あまりにも残酷な拒絶の言葉だった。

『あなたと私たちでは、住む世界が違う』と、暗に告げている。

リリィの顔が、さっと青ざめた。


俺は、そんな彼女の前に、一歩、踏み出した。

そして、エリザたちの冷たい視線を遮るように、リリィに向き直る。

俺は、自分でも驚くほど穏やかな優しい声で、彼女に微笑みかけた。

それは、エリザたちには、決して見せたことのない、素の俺の笑顔だった。


「……ありがとうな、リリィ。心配、かけたみたいでごめんな」


俺は、そっと手を伸ばし、リリィの頭を優しく撫でた。


「俺は、大丈夫だから。……また明日な」


その瞬間。

俺の背後で、何かがプツンと、切れる音がしたのを、確かに聞いた。


訓練場で生まれた、束の間の絆は、あまりにも脆かった。

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