第25話
古代の練兵場に、心地よい疲労と、それ以上の高揚感が満ちていた。
ほんの数秒。
だが、あの、完璧な調和と共鳴の感覚は、俺たち四人の体に、魂に、確かに刻み込まれていた。
「……はっ、はぁ……。今の、は……」
最初に、言葉を発したのは、カインだった。
彼は、自分が差し出した炎が、エリザの光と、あそこまで美しく溶け合ったことが信じられない、という顔をしている。
「……あなたの魔力、まるで嵐のようね、ヴァルザー君。抑え込むのに必死だったわ」
エリザが、汗を拭いながら答える。
その声には、いつものような棘がない。
初めて対等な戦場の仲間として、カインを認めたような響きがあった。
「……うるせえ。あんたの魔力こそ、太陽みてえに眩しすぎんだよ」
カインは、ぶっきらぼうに、そう言い返す。
だが、その顔は、どこか誇らしげだった。
生まれて初めて、自分以外の誰かと力を合わせる、その喜びを知ったのだろう。
「……一瞬だったが、俺たちは、一つになっていた」
ルナが、静かに、そう結論づける。
その蒼い瞳は、どこか遠くを見ているようだった。
俺は、そんな三人の姿を、黙って見ていた。
悪くない。
このぎこちない、しかし、確かな一体感。
これがあれば、帝国の『沈黙の魔術師』とも、渡り合えるかもしれない。
「……今日の訓練は終わりだ」
俺がそう告げると、三人ははっとしたようにこちらを向いた。
「よくやった。……全員、な」
俺のその素直な労いの言葉に、三人は少し驚いたような、そして、どこか照れくさそうな複雑な表情を浮かべた。
特に、カインは、顔を真っ赤にしている。
◇
訓練を終え、俺たちは、寮へと続く夕暮れの道を並んで歩いていた。
あれだけいがみ合っていたのが嘘のように、四人の間には穏やかな沈黙が流れている。
だが、その平和は長くは続かなかった。
「リオ」
俺の隣を歩いていたエリザが、そっと声をかけてきた。
「今日の訓練の成果について、参謀として、あなたと二人で詳しく話し合っておきたいの。私の執務室で、お茶でも飲みながらどうかしら?」
あまりにも自然な提案。
「待て」
そのエリザの言葉を遮ったのは、ルナだった。
彼女は、俺とエリザの間に、すっと割って入る。
「戦略会議ならば、全メンバーが参加するべきだ。それに、キャプテンは今日、一番消耗している。……お茶よりも、休息が必要だろう」
ルナは、エリザを牽制する。
二人の女の間に、見えない火花が散った。
「な、なんだよ、お前ら……」
カインが、その不穏な空気に、戸惑いの声を上げる。
その、カインの助けを求めるような視線が、俺に向けられる。
(……だから、面倒なんだ)
俺が、心の中で溜息をついた、その時だった。
「――あ、リオ君!」
聞き慣れた、明るい声が俺の名前を呼んだ。
道の先。
寮の入り口で、小柄な一人の少女が、心配そうにこちらを見つめていた。
「リリィ……」
俺の、この学園でのたった一人の友人。
彼女は、俺の姿を認めると、ぱあっと顔を輝かせ、こちらへ駆け寄ってきた。
「よかったあ! あなた、最近ずっと、朝早くからどこかへ行っちゃうし……。なんだかすごく大変そうな人たちと一緒にいるし……。心配、だったんだよ? ちゃんと休めてる?」
リリィは、俺の顔を覗き込み、その大きな瞳で真っ直ぐに、俺の体を気遣ってくれる。
その純粋な優しさが、今の俺の心には、あまりにも深く沁みた。
背後で、空気が凍りつく。
エリザ、ルナ、そして、カイン。
三人の視線が、リリィという異分子に集中する。
特に、エリザとルナの、視線は、もはや――
「……あなたは?」
エリザが、完璧な笑みを浮かべて、リリィに問いかける。
だが、その目は、全く笑っていない。
「Fクラスのリリィです! あの、リオ君とはお友達で……」
「そう。……ご心配ありがとう。でも大丈夫よ。リオは今、生徒会の非常に重要な極秘任務に就いているの。彼のお世話は、この私が、責任を持ってするわ。……だから、あなたは、もう余計な心配はしなくてよろしくてよ」
それは、丁寧で、そして、あまりにも残酷な拒絶の言葉だった。
『あなたと私たちでは、住む世界が違う』と、暗に告げている。
リリィの顔が、さっと青ざめた。
俺は、そんな彼女の前に、一歩、踏み出した。
そして、エリザたちの冷たい視線を遮るように、リリィに向き直る。
俺は、自分でも驚くほど穏やかな優しい声で、彼女に微笑みかけた。
それは、エリザたちには、決して見せたことのない、素の俺の笑顔だった。
「……ありがとうな、リリィ。心配、かけたみたいでごめんな」
俺は、そっと手を伸ばし、リリィの頭を優しく撫でた。
「俺は、大丈夫だから。……また明日な」
その瞬間。
俺の背後で、何かがプツンと、切れる音がしたのを、確かに聞いた。
訓練場で生まれた、束の間の絆は、あまりにも脆かった。
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