第24話
「これはもう、ただの訓練じゃない。帝国に、そして、俺たちの運命に勝つための『契約』だ」
静かな宣言が、古代の練兵場に重く響いた。
エリザ、カイン、ルナ。
三対の瞳に宿っていた、個人的な激情の色は消え失せ、代わりに覚悟を決めた、戦士の光が灯っていた。
ようやくスタートラインに立てたらしい。
「……あなたの『一部』を共有する、と言ったわね」
最初に口を開いたのは、エリザだった。
その声にはもう、詰問するような響きはない。
純粋な知的好奇心と、チームの参謀としての探求心があった。
「具体的に、何を教えてくれるというの?」
「言葉で説明しても無駄だ」
俺は、エリザに向き直る。
「あんたの一番得意な魔術を見せてくれ。ただし、攻撃用じゃない。一番シンプルなやつでいい」
「……分かったわ」
エリザは一瞬戸惑ったが、すぐに魔導杖を構えた。
彼女は、集中し、その杖先に一つの光の球を作り出す。
――第一階梯魔術〈ライト・オーブ〉。
魔術師なら誰でも作れる、ただの明かりだ。
だが、エリザが作り出したそれは、まるで小さな太陽のように力強く、清浄な魔力で満ち満ちていた。
「……これをどうしろと?」
「そのまま、そこに浮かべておけ」
俺はそう言うと、その光り輝く魔力の塊に、ゆっくりと手を伸ばした。
カインとルナが息を呑むのが、分かった。
術者が制御している魔術の塊に、他人が触れる。
それは、下手をすれば魔力が暴発しかねない、極めて危険な行為だ。
だが、俺の指先は、光の球にそっと触れた。
暴発は起きない。
それどころか、エリザが驚愕に目を見開く。
「なっ……!? 私の魔術が……」
俺は、彼女の〈ライト・オーブ〉を、まるで粘土細工でもするように、その手でこね始めた。
球を四角に。四角を星形に。
俺の意のままに、光は、その形を変えていく。
俺は、エリザの魔術を力でねじ伏せているのではない。
その魔力を構成する、マナ一つ一つの流れを読み解き、その構造に直接干渉しているのだ。
「……これが答えだ」
俺は、星形にした光を、元の球体に戻すと、三人に向き直った。
「お前たちが今まで学んできた魔術は、書物に書かれた詠唱という『鍵』を使って決められた形の『扉』を開けているに過ぎない。……だが、魔術の本質はそこにはない」
俺は、自分の指先を見つめる。
「本当の魔術とは、自分の中のマナと、世界に満ちるマナとの『対話』だ。命令するな。支配しようとするな。……その声を聞き、流れを感じ、優しく望む形へと導いてやるんだ」
「対話……」
ルナが呟く。
「俺が使った〈身体強化〉も同じ理屈だ。ただ魔力を筋肉に流し込んだだけじゃない。俺の体の細胞一つ一つに含まれるマナと対話し、その全てに、完璧な調和の元で動いてもらった結果だ」
それが俺が共有できる力の、ほんの一端。
『ゼロ』として培った、魔術哲学の根幹だった。
三人は呆然と俺の言葉を聞いている。
今まで自分たちが常識だと思っていた、魔術の概念そのものが、根底から覆されたのだ。
「……理屈は分かった。だがそんなこと、どうやって訓練すればいいんだ」
カインがようやく絞り出した声に、俺は頷いた。
「だからこれから、本当のチーム訓練を始める」
俺は、練兵場の中央に手をかざす。
そこに世界に満ちる膨大なマナを集め、一つの球体を作り出した。
それは、エリザの光とは違う、あらゆる属性が混ざり合った不安定で今にも暴発しそうな、混沌の塊。
「これは、純粋なマナの集合体だ。……今から四人で、これを安定させる」
俺は三人に、それぞれの役割を告げた。
「エリザ会長は、その膨大な魔力でこの核が消えないようにマナを供給し続けろ」
「カインは、その炎で、この核を外側から包み込み、混沌とした力が暴走しないように抑えつけろ」
「ルナは、その研ぎ澄まされた感覚で、核の内部の力の流れを読み、不安定になった箇所を俺に伝えろ」
「……キャプテンはどうするんだ?」
カインの問いに俺は答える。
「俺は、
それは、一人でも欠ければ成り立たない。
一人の力が強すぎても、弱すぎても、破綻する。
絶対的な信頼と、調和が求められる連携訓練。
「……面白い」
カインが不敵に笑った。
エリザも、ルナも、その目に強い決意の光を宿して頷く。
「――始めよう」
俺の合図で、訓練が始まった。
だが、現実はあまりにも厳しかった。
「エリザ会長、供給量が多すぎる!」
「カイン、炎が強すぎて核が歪んでいる!」
「くそっ、どうすりゃいいんだよ!」
彼らの魔力は、あまりにも個性が強すぎた。
混ざり合うどころか、互いに反発し合い、混沌の核はみるみるうちにその輝きを増していく。
「――まずい、暴発する!」
ルナの鋭い声。
俺は、咄嗟に前に出て、その核を俺自身の魔力で霧散させた。
ドォン、と、衝撃波だけが周囲に広がる。
「……はぁはぁ……」
「くっ……」
最初の挑戦は、無様な失敗に終わった。
「……もう一度だ」
俺の静かな声に、三人が顔を上げる。
その顔には、疲労と、そして、それ以上の悔しさが滲んでいた。
二度目も失敗。
三度目も、四度目も、同じだった。
だが。
何十回と失敗を繰り返すうちに、彼らの間に変化が生まれ始めていた。
言葉を交わさずとも、互いの魔力の波長を、呼吸を、その肌で感じ取れるようになってきている。
そして、その日の、訓練が終わろうとしていた、その時。
奇跡は、起きた。
混沌としていたマナの核が、すうっと、その輝きを変えた。
エリザの清浄な光と、カインの猛々しい炎、ルナの集中力、そして、俺の調整が、完璧に一つになったのだ。
それはまるで生まれたての恒星のように、穏やかで、力強く、そして、どこまでも美しい光の揺り籠だった。
ほんの、数秒。
俺たちの、集中力が切れ、その光は、幻のように、消えた。
だが、俺たちは、四人全員が、確かに感じていた。
一人では決して到達できない、その、遥かなる高みの一端を。
疲労困憊の四人の間に、初めて言葉にならない、確かな絆が生まれた瞬間だった。
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