第10話 『えっ、ヒロイン来るの!?――ジニーの“ドボン”と再会』お前は、こっちくんなよ。

王宮・庭園奥の泉


生垣を抜けた先で、王子は立ち止まった。

そこには――確かにいた。

近衛騎士アルファルの腕に、寄り添うように立つジニー。

距離は、手を伸ばせば抱きしめられるほど近い。


「……何をしている」


低く、冷えた声が響く。

ジニーの肩がびくりと震えた。

アルファルは即座に後ずさり、片膝をつく。


「陛下、これは……」


「説明はいらん。お前から聞く」

王子の視線は、ジニーだけを射抜く。


ジニーは唇を震わせ、涙をためた。

「……私を疑うのですね」


「見れば分かる」


「では――私、潔白を証明します!」

そう叫ぶと、ジニーはドレスの裾も構わず泉の縁に駆け寄り、次の瞬間――


ドボンッ!


冷たい水しぶきが弧を描く。

あまりに突然の行動に、王子もアルファルも一瞬固まった。


「ジニー様!? 危ないです!」


慌てて手を伸ばすアルファルを、王子が制した。


水中から顔を上げたジニーは、震えながら言った。

「……疑うなら、いっそこのまま……死んで、潔白をたてます」


泉の中に消えていった。



ーーーーーーー

森の朝は、静かでやさしい。

鳥のさえずりと、ハーブの香りに包まれたその日も――


「えっ!? ヒロイン来るって、聞いてないけど!?」


マルグリットが、干しラベンダーの束を片手に絶叫した。


マロン(元・聖女)は、お茶をすすりながらぼそり。

「……泉に身を投げたって、マジバカだったんだ」


アデル(魔法使い)は、薪をくべながらひとこと。

「……またか」



泉に飛び込む前、

王太子の婚約者だったジニーは、浮気をしていた。


しかも、相手は副団長の騎士。アルファル

「こんなにも熱くて、男らしくて、私を守ってくれる人、他にいないの!」


……そんなロマンスに溺れていたヒロイン・ジニー。

だが。


「王太子が見てたんだよ、それ」


マルグリットの冷たいひとことが突き刺さる。



王太子は怒った。

「貴様のような女を、王妃に据えたことが間違いだった……!」


──詰められて、

──誰も助けてくれなくて、

──居場所を失って、


「じゃあ、私、申し訳ないので、死んでお詫びに、泉に飛び込むわ!」


バシャーン!


……だが、死ぬつもりなんて、なかった。


ジニーは泳げる。


「……着地に失敗して捻挫しました」


「……そのへん、ヒロイン感ゼロすぎるんだけど」



こうして今。


傷の手当てを終えたジニーが、ハーブティーを飲みながらこう言った。


「……で、ここって、逃げてきた女の駆け込み寺なの?」


マルグリットとマロンが、グーで答えた。


「違うけど、まあ似たようなもんね!」


「歓迎はしないけど、ひと晩、泊まっていく分にはいいわよ」

マロンが笑い、


ジニーもにっこり笑った。


「……うん、じゃあ明日から畑、手伝うね。副団長と別れたし、働くしかないからさ」



そして森に、またひとり。


“理由あって逃げてきた元・ヒロイン”が無理矢理加わったのでした。


だけど、、、、


森が、鳴いた。


いや──叫んだ。


「お前が来んなぁぁぁああ!」


ジニーが泉から引き上げられた直後、森の木々がバキバキッと揺れ、突風が巻き起こった。


アデル(魔法使い)は、眉をひそめる。


「……森が怒ってますね。浮気女には、ちょっと厳しい対応です」


「森、心があるのか……」

マロンは、ちょっと感心した顔でうなずいた。


「でもまあ、縛っとけば大丈夫でしょう。とりあえず、お札貼って、結界の内側で正座させとく?」


「まさかの神罰スタイル!?」


ジニー、両手を縛られ、お札を頭にペタリと貼られ、石けん棚の隅に正座。


「反省の時間だな」

マルグリット(元・悪役令嬢)がハーブティー片手に言い放つ。



──1時間後。


「えっ、ちょ、ちょっと、トイレってどうしたらいい?」


「……」


「トイレないの!? この結界、出られないの!?」


「“反省中”ですからね」

アデルがきっぱり。


ジニーは涙目で、聖女に縋る。


「マロンさま……! 神のご慈悲を……! 私をお許しください。用は“神聖”なんです……!」


「……森の水場まで、付き添いで行きなさい」



その後。


マロンとマルグリット、アデルの付き添いのもと、森のトイレ用スペースへ。


ジニー「なんで3人で!? こんな公開処刑みたいな!?」


アデル「森が“単独行動禁止”と判断したようです。あ、俺はあっちで、待ってますね。」


マルグリット「……あと、ハーブ園の横に穴掘るのは禁止ね。あのラベンダー、もうすぐ咲くから」



こうして、

森の怒りを受けつつ、

浮気ヒロインは“仮反省モード”に突入した。


けれど──しばらくして、


「お昼は? お腹すいた……」


「懲罰中は、カブのスープだけです。塩もナシ。」


「それもう罰ゲームじゃん!!」



こうしてまた、

逃げてきた者たちの「森暮らし」が一歩進んだのでした。

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