第4話 ヤバい奴と当たった!


 早朝、まだまだ砂浜は冷えていた。波の音ばかりが聞こえる澄んだ世界で、私は槍のみを持って巨大なヤシの木の前に立った。


「センパイの…誰よりも凶暴なカブトムシの…あの戦い方をッ!」


姿勢を低く構えて、槍を左手に持つ。

そして…ダッシュ! 砂を蹴り飛ばすように強く踏み込み、ダンダンと足音を鳴らして前方に迫る。槍の先端を開放し、刺々しく鋭い部分を剥き出しにする。その状態のまま、まるで斧を振るうように体重と遠心力を込めて…打ち込む。


図太いヤシの木の幹半分ほどに食い込み、衝撃が伝わる。しかしそれで止まることはない。木に蹴り込みながら、その勢いで槍を引き抜き、反対方向へ打ち込む。さらに槍を引き、直突き。


(あの人が槍を扱うなら、きっとこんな感じ!)


ヤシの木はやがて崩壊し、すぐ横に転がった。ひとまず…昨日から考えていた積極的な攻めのスタイルは形になったと感じたが…


(でもまだまだダメだ! こんなんで大会通用するワケがねぇよぅ……)


その技術は完成とは程遠い。冷たい槍の柄に、手汗が滲んで手から滑り落ちそうになった。



————————————————2ページ目



 部屋に戻って休憩をとっていた時、ドアがノックされる音が鳴った。


「誰かいな?」


ソソソと駆け寄りドアを開けると、そこにいたのはコーカサス先輩だった。

ただ驚いたのは、彼女は私服ではなく、戦闘服。以前試合の時に見た、あの『暗黒の魔王』って感じの刺刺した黒い鎧。戦闘訓練中に急いで抜けてきたって感じだ。


「あぁセンパイ! おはようございますっ!」


「おはようおはよう! いきなりだけどこれを見てくれ!」


彼女は慌ただしく私の顔面に大きな紙を押し付ける。それを受け取って広げて見てみると、何やら名前がたくさん書いてある。


「ええと…『一回戦第一試合』…『ギラファ・ノコギリ…」

「って! これ、トーナメント表じゃないッスか!」

「てか私第一試合じゃないですかぁ!!!」


「驚くのはそれだけじゃねぇっ! 対戦相手見てみろ!」


「対戦相手…そっかそっか、それも見なくちゃ…」

「一回戦第一試合…『ギラファ・ノコギリクワガタ』vs…『ネプチューン・オオカブト』」

「…ネプチューン・オオカブト…?」


私は汗が吹き出して硬直した。何度も読み返して、そこに書いてある文字を確かめた。だが何度読んでもそこには…ネプチューン・オオカブトと書いてある。


「こ、ここ、これ…私が最初に戦うのがあのネプチューン…ッスか?」


「そう。あのネプチューンオオカブトだ。流石に知っているよな? “沈黙の剣ブレイド・ノーチラス”ネプチューンだよ」


「ヤバいじゃないっスか!!! え!? ネプチューン!?」


ネプチューン・オオカブト…田舎出の自分でも知っている今大会屈指のビッグネームである。彼女は若くして西方騎士世界の象徴となった、間違いない歴史に残る天才剣士である。曰く、彼女の剣は冷酷にして、美しい。二刀流の長剣を自在に操り、相手を一切間合いに入れることなく、アウトレンジから徹底的に切り刻む。歴戦の剣士ですら…彼女に触れることさえ叶わなかったという。


「お前一回戦からヤバいやつと当たってるんだよ!」


「マジですやん…ちょっとトーナメント表しっかり見たいです。一回落ち着きましょ…」


————————————————3ページ目


「King Of Kings 夏の陣 トーナメント表


【一回戦】

第一試合 

“麒麟児”ギラファ・ノコギリクワガタ

vs

“沈黙の剣”ネプチューン・オオカブト


第二試合

“三角暴獣”コーカサス・オオカブト

vs

“白衣の殺人鬼”マンディブラリス・フタマタクワガタ


第三試合

“戦闘の天才”パラワン・オオヒラタクワガタ

vs

“蜻蛉切”ヤマト・カブト


第四試合

“レックスの巨砲”アクティオン・ゾウカブト

vs

“神の子”ヘラクレス・リッキー     」


——————————————4ページ目


おぉ…軽く見ただけでも、その強烈なメンツに圧倒されてしまいそうだ。昨日出会ったパラワンや、主催者と呼ばれていたヘラクレスは反対ブロックにいるが…


「…」


私はあることに気づいた。


「これ、私も先輩も勝てたら……二回戦で当たりますね」


「…まぁそうだな。」


なんというか、予選が終わってから、完全にセンパイとは打ち解けてしまった。もう今後一歳戦う気がしなくなってしまっていた。でもトーナメントに出る以上はこういうことも、間違いなくあり得たのだ。私は覚悟が足りていなかった。


「…センパイ」


「なんだね」


「もし…二回戦当たったら…」

「絶対、リベンジしますから…!」


「………」

「もちろんだ、絶対上がってこいよ。」


彼女は笑って答えてくれた。

私たちは手を握り、その後彼女は去っていった。センパイは一度も振り返ることはなかった。


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