第3話 筋肉モリモリマッチョマンの変態
私は、ある人物に呼び出されて一室にいた。顔や腕には包帯やらなんやら…痛みも敗北感も抜けないままである。
「はぁ…やんなっちゃうわ。負けた奴呼んでも仕方ないだろ…」
「…けどソファ気持ちー…」
私は背もたれに体重をかけて、天井を取り止めもなく見つめていた。シミが一つ、シミが二つ。
「…村のみんな…元気してっかな?」
適当に言葉を呟いた…瞬間であった。
バタンッ!!!
ドアが開いて反対側にぶち当たる音。体が跳ね上がるほど驚き、ついソファを飛び退いた。珍妙な闘いの構えをしながら、ゆっくりドアの方を振り向いた。
「久しぶりっ! ギラファちゃん!」
「コーカサス…さん!」
昨日ぶりに彼女と顔を合わせた。驚いたのは彼女の服装。鎧姿しか見たことなかったから、もし私服とか持ってるなら凄いパンクな感じかと想像していたが…実際はベージュ系のゆったりした服装、しかも長めのスカート。褐色の肌に清楚な白系の組み合わせはよく似合っていた。
「お久し…ぶりッス。私服初めて見ました…カワイイっスね。」
「だろ? そういうキミの服は全然可愛げがないな。全体的にのっぺりしてる。」
(そりゃこれ病院服だからな。)
とは思いつつ、私は言い返すのもしなかった。いまは病院服だから誤魔化せてるけど…実際私服とか全然持ってないし。
「そういえばさぁ、昨日の試合のことなんだけど」
私は心の中でいじけていたが、その微妙な表情が表に出ていたのか、彼女は急にに話題を変えた。
「試合…オミゴトでした」
「アタシのこと話しても仕方ねぇよ。アタシは今君を褒めようとしてんだ!」
「いやいや…完敗ですよ。センパイはほぼ無傷なのに今の私はボッコボコです」
「結果だけを見ればな? 確かにアタシにほとんど傷はないけど…」
「試合の終盤を覚えてるか? お前の鬼刺股が外れた後のところだ。」
「あぁ…あの時私はもう後手に回ってばかりでしたわ」
「それはそうだが…その受けのキレが半端なかった」
「思い出せよ。序盤じゃ殴られっぱなしだったお前が、疲労もダメージも溜まってる終盤でアタシの攻撃を少しの間だが完璧にいなしてた」
「た、確かに…なんか最初よりも動けてた…かも?」
「技術も判断力も間違いなかった。アタシに負けたのは足が潰れてたからだ。もし無傷で終盤を迎えていたら…結果はどうだったかねぇ?」
「アタシは思うに、お前は『自分を理解していない』。自分の戦い方とか、何ができて、何ができないか…とかさ」
「そこを直しな、才能を努力で磨くんだよ」
彼女は自分からこちらに歩み寄って、私の頭を撫でた。敗北感に押しつぶされて自分が嫌いになりそうだったのを、救ってもらった思いだ。
「ありがとうございます…!」
「俺、もっと頑張りますから…センパイは本戦頑張ってください!」
「へへへ、心強いぜ」
彼女が歯を見せて笑った…その時。
バタンッッッッ!!!!!!
と、先程より遥かに強くドアをぶち開く音が空気を飲み込んだ。
「お疲れ!!! 二人とも!!!」
爆音と共に、ヤバイ女が現れた。
前が開放されていて黒い肌着が露出した迷彩服、首筋を通って鼻の根を横切る黒い一本線のタトゥー、服の袖パンパンに詰まった剛腕と剛脚…首筋には『THE SAGA』と黒い字が掘られていた。
「ム…ムキムキマッチョマンの変態だ…!」
衝撃。
私たちは爆音の段階で衝動的に抱き合っていた。あの豪快なコーカサスセンパイですら、かなりドン引いている。なにか本能的に恐ろしい“生物”を見た気分だった。
「ム。君ら私のことを知らないとは」
「マザー◯ァッカー」
「マザーフ◯ッカー!?」
その謎の女は私達を確かに指差して、そう言った。初めてこんな言葉を言われた衝撃……心的なダメージよりも、これだけ生きてきて「初めて言われる言葉」という新鮮さの方が印象に残った。彼女は腕を組み、何やら残念そうに頭を振った。
「田舎の出のギラファはわかるけど、本戦出るならコーカサス君くらいは知ってて欲しかったぞ……名乗ってやるから一発で覚えろ!」
「私は本戦出場者兼、大会運営のお手伝いをしてる『パラワン・オオヒラタクワガタ』だ!」
「パラワンって…あのパラワンか!?」
センパイは口を開いて聞き返す。
「凄い人なんですか?」
「凄いどころじゃない…伝説の傭兵だよ。ある英雄の残した遺産を巡った大戦争に勝利してその全てを得た人だ。噂にしか聞いたことはなかったが…まさかあなたも出場者だったとは」
「ハハハ! あれはただ仕事で戦争しただけだから、遺産は全部依頼主さんに行ったけどね!」
彼女にとって、戦争に勝利することは仕事でしかないようだ。「いい仕事した!」といった雰囲気で、それだけの伝説を簡単に言い流してしまった。
彼女は私たちに振り返ると、「ハイ注目!」という感じに手をパンパンと叩いた。
「今日は主催者のヘラクレスさんから仕事をもらって君らを呼ばせてもらった!」
「まずコレから、正式な出場者任命を行う!」
「コーカサスクン!」
「はっ、ハイ!」
「全世界から集まった参加者どもを蹴散らし、とてつもない倍率を見事勝ち上がった!」
「君の出場は文句なし! 『予選枠』として本戦出場決定だ!」
「アリガトウゴザイマス!」
センパイの力強い返事、なんというか運動部を感じる。しかしこの部屋で私は蚊帳の外でだった。何せ私は予選落ち、彼女ら(出場者)に何も関係ない…そう思っていた時だった。パラワンの目線がこちらを向いた。
「そして…ギラファクン!」
「えっ…私?」
完全に気を抜いていた私は自分を指差し、パラワンに確認する。彼女はうなづき、そしてやや屈んで私に目線を合わせた。
「お前はスマトラという奴を覚えているか?」
『スマトラ』…予選にはいなかったが、確かに覚えている。
「はい。少し前、KOK出場権がかかってた大会でその人と戦って負けました。」
私は苦々しい過去の思い出を思い返した。
「実はな…ソイツは精神を病んで療養が必要になった。とても参加できるコンディションじゃない。」
「…え。」
「リザーバーが必要になって調べたが…お前がスマトラと戦ったのは決勝…つまり、お前は準優勝してたわけだ。」
「大会の規定によって、お前を繰上げ、代理の出場者として迎え入れたい!」
「!!!」
「本当…ですか?」
「マジだよ」
「一応君は優勝者じゃないから、『推薦枠』として出場してもらう。だが正真正銘のKOK出場者として認められる。存分に戦って欲しい…いいかい?」
「もちろんです! 是非出場させてください!」
奇跡でも起こった気分…というか実際奇跡だ。以前戦って負けた人の代理というのは少し複雑な気分だが。それでも、それでも信じきれないくらい心の底から嬉しかった!
その時、パラワンの微妙な、何かの表情を感じ取った。私は何か粗相をしたのかと体が固まる。彼女は私に言った。
「それじゃあ頑張ってくれたまえ。ただ…」
「スマトラは私のダチなんだ。ソイツの顔に泥塗るなよ?」
「…はい。必ず」
————————————————2ページ目
トーナメント表の書かれたホワイトボード、金属の指し棒、キャスター付きの机に並んだ椅子、私達はそこに着席した。パラワンは「私が先生です」とでも名乗るように、いつのまにかスーツと眼鏡に着替えていた。
「さぁ! 今から君らに、KOKの大会説明を行おうと思う!」
来た。これから本格的に大会が始まる。
「知ってるとは思うけど一応質問する、KOKとはどんな意味だい?」
「はい! 『King of Kings』…『王達の中の王』です!」
「その通り! よろしいじゃないの」
「その言葉の通り、この大会は“王の位”を持つものしか参加資格がない」
「王の位を得られるのは……“運営の指定した格闘大会での優勝者”、もしくは“歴史的な戦いの頂点”だけ」
「例を挙げてで言えば、予選大会を突破したコーカサス君は大会優勝者側での参戦、私は後者だね」
ふむふむ、つまりこの大会に参加できる全員が他の大会における優勝候補格というわけだ。必然的に、KOKはあらゆる武の大会における最高峰に位置することになるだろう。
「そして、その優勝報酬について説明するよ」
「KOKで優勝すれば、多額の賞金と“ロマ国の優勝報酬”を得られる」
「優勝報酬…? 何すか優勝報酬って?」
「ダメだこりゃ」
「…まぁ、簡単に言えば国の権限で一つ自由に願いを叶えてもらえるってことだよ。」
「エ! そうなんですか!?」
「知らなかったのか?」
「私が知ってたのは賞金までですね……そんな権利もいただけるとは」
「ここまでが、物的な優勝の特典だ。おそらくこれから話す報酬の方が欲しいやつは多いだろうね」
「KOKに優勝すれば……“天下最強の称号”を得られる」
私達は目を見開いた。
「たぶん、この称号があれば世界中で食うことに困らなくなるよ。道を歩けば誰しもが振り返り、強者どもが教えを乞いだす」
「世界中全ての人間が君らの実力を認めるんだ」
「たった一つの大会に優勝するだけで……な」
これだ。この称号があればもはやロマの優勝報酬は事実上必要ないだろう。優勝者には世界からの超VIP待遇が待っている。そしたら叶えられない願いの方が少ないだろう。ぶっちゃけ、報酬がいただけることに気づかなかった理由はこれだ。私は優勝した暁にしたいことはもう決めている。
「大会から言えるのはこれくらいだな。あとは細かいルールになる」
「まず勝敗について。これはどちらかの戦闘不能か、本人orセコンドのギブアップで決まる」
「そして場所について。戦いの舞台は申請によって変更可能。対戦相手が舞台変更を認めた場合に、場所を移すことができる」
「あとは……武器に関わる反則はなし。矢でも鉄砲でも火炎放射器でも持ってきていいよ」
彼女はざっとホワイトボードに書き出した。端っこには、「OK♡」という吹き出しのついた、爆風に吹き飛ばされる人のイラストが書いてある。雰囲気は可愛げがあるのに書いてある内容は殺伐とし過ぎている。
「飛び道具もアリなのやばすぎるだろ…」
「まぁ君らの鎧に弾丸通らないしね。そんな関係ないでしょこのルール」
「あっそう言えば、言ってなかったわ。最後に言っとくね」
彼女は机に手をついて身を乗り出すと、私達の眼前で言い放った。
「試合中においては、対戦相手の殺害も認められてる。これは覚えときな」
この言葉の後、彼女はササっと片付けをして、扉を優しく閉めていった。
————————————————3ページ目
私はその後、コーカサス先輩とも別れて、大会の用意してくれたある場所を訪れた。
「おぉ…でっけ。ここが私の大会中の拠点か」
闘技場からは離れた、街道近くの浜辺に建てられた一軒家である。砂を踏み潰しながら、あらかじめもらっていた合鍵で中に入る。電気を照らすと、キッチンもダイニングもあり、一室に入ればベッドの備え付けられた個室もあった。
また、驚かされたのは、キッチンのノブを動かすと水が注ぎ口から流れてきたことだ。
「すげぇ…水道が通るとこんな簡単に水が手に入るんだ…」
「ってことは!」
以前、大会の施設には一つ一つ浴槽があるとも説明を受けていた。それを確認しに行くと、なんともうすでに湯が張られていたのだ! ただ水が通っているだけでなく、暖かい湯まで家に届くとは想像だにしていなかった。
「これが…世界最大都市ロマの技術か。どれもこれも…国に持って帰れたらなぁ」
湯の中に手を腕まで入れながら呟いた。
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「自分を理解していない」…今朝センパイに言われた言葉だ。それがきっと自分の最大の課題なんだろうけど…
俺は自分を理解していない?
理解していないって…何を?
…何もわからない。なぜ自分はセンパイに敵わなかったんだろう。最初から振り返ってみることにした。
まず、「前半よりも後半の方が動きが良かった」…らしい。ここから考えるのは、私は瞬間的な対応力はないけど、時間がかかるが確かな学習力は持っているということだろう。つまり、必要なのは長期戦の目線じゃなくて、「瞬間的に相手を見切る能力」?
「いや、難すぎるか。瞬間的に全てが見抜けたら誰も苦労しないよ」
「けど見抜くまでに時間がかかってたら、相手に主導権を渡すことになっちゃうしなぁ…」
頭を掻きむしりながら、暗く冷えた砂浜の上で苦悩した。
「…待てよ。どうして私は『相手に合わせること』ばかり考えてんだ? おかしいでしょ、私も自由に動いていいはずなのに…」
脳裏にこびり付くセンパイの動きを思い返す。
積極的に先手を取る姿勢、恐怖を感じたほどの圧迫感、もはや殺しに来てるとしか思えない攻撃の連続…彼女は間違いなく“自ら動く”ことを重視している。
「…これか? 私に足りなかったピース!?」
理解してきた…今最も学ぶべきファイトスタイル。それは世界で最も凶暴なカブトムシ…『コーカサス・オオカブト』の闘法だ。
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