兜顎キング・オブ・キングス〜夏の陣〜

リバテー.aka.河流

第1話 その鎧、機能セー有り


決勝の舞台だというのに、私はまだ踏み出せなかった。


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巨大な帝国『ロマ』は戦いを愛した。

市民は戦争と拡張で富を得、国は征服地に総督を置いてそれを自国のものとした。やがて膨張が終わる頃、市民は生きるための生活ではなく「楽しむための生活」を始めたがった。すなわち、戦いは戦争でなく、競技となったのだ。


国民の需要の末、ある施設が生まれた。

それが円形闘技場である。

中央には円状の、石畳でできた闘技場と思しき空間。

その外堀には深い溝がある。

さらにその外には観客が見下ろす席がある。


今日この日の闘技場は、普段とは格別の盛況を見せた。

闘技場から周囲を見回すと、溢れんばかりの観衆が目に入り、空席は一つも見つからない。酒を片手に顔を赤くして叫ぶ蝉男や、どこかの権力者と思しき蜘蛛の紳士、そしてその愛人…実に多様な観客が席を埋め尽くし、誰しもがこれから始まる“祭”を心待ちにしていた。



闘技場上空に、一人の女が現れた。ぴったりとボディラインに密着したスーツと、スタンド付きのマイクスタンドを身につけて。

彼女は四枚の羽をバタバタと高速で動かし、観客達を煽るように自在に飛び回り、やがて空中で静止した。右手のマイクを天に掲げると、破裂するような声で彼らに叫んだ。


「タ・イ・ヘ・ン お待たせしましたァ〜!!!」

「本日この場で…全世界最強の戦士を決める…“KOK本戦出場”を賭けた最終試合を行わせていただきますッッッ!!!」



ウオオオオオォォォッッッ!!!



歓声がコロシアム隅々に響き渡る。

ある者は拳を振りかざして…

ある者は地面を踏み鳴らして…

それぞれにその熱狂を放出している。



「実況兼レフェリーを務めさせていただきますッ! ワタクシ、オニヤンマちゃんで〜すッ!」


観客達は大騒ぎしつつも、やがて唾を飲みこみ、これから現れるはずの“闘士”に注意を向け始める。オニヤンマは周囲を見渡し、観客達の用意ができたと見ると、再びマイクを握った。


「さぁ! それでは呼び込みましょう…」

「まず登場するのは東の門…」

「“ギラファ・ノコギリクワガタ”だァァァァ!!!」



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東の門、廊下には応援する者も、セコンドもいない。松明が並ぶその道で少女が腰を上げた。硬質な“外骨鎧”から砂汚れを払い、そして二又の槍を携える。


「それじゃあ、行くか…」

「はぁ…怖ぇなぁ…」


だが、踏み出すはずの足が動かない。

光が刺している門を前に尻込んだ。

もう決戦だというのに、予選を散々戦ってきたというのに。まだ自分に火がついていないのだ。

恐ろしい。

行きたくない。

………行くしかない?


どれだけの人を私は倒してきたか。

それらを捨てて尻込むのか? 

受け身でいて、何か変わるのか?

………答えは出なかった。

それでも私は進むことにした.

たいそうな決意も、理由も見つからぬまま、ただ河の流れに流されるように。

その門の先へ、一歩踏み出した。


直後、ジワリと染みるような熱気が体に伝わる。全身を叩かれるような歓声と視線に彼女の体は包まれた。ビリビリと衝撃が体に染み込み、自分が今立っている舞台がいかに壮大なものであるかが、実感させられる。


(これが…予選決勝の熱意かッ…!)


口をかっぴらいてぐるりと周りを見回していた時、再びレフェリーが叫んだ。


「さぁッ!次に登場するのは西の門…」

「“コーカサス・オオカブト”ッッッ入場ォッッッ!!!」 


掛け声と共に、向こうの門から黒いシルエットがコチラに進んでくるのが見えた。

漆黒の鎧を身に付けた長身の女である。全身の装備はトゲトゲしく、それでいて流線型を描いている、防御性と攻撃性がこれでもかと読み取れた。

その女の顔面は…まるで神話に現れる悪魔のように鋭く凶暴な笑顔が張り付いていた。歯が見えるほど頰が吊り上がり、その目つきは人を睨み殺さんほどの力がある。


「ヨォ… 本戦取りに来たぞオラァァッ!!!」


彼女は闘技場に姿を完全に現すと、ドーム中に声を響かせた。私の髪がフワリと揺れるほどの声量。観客の歓声にも負けないほどの波動であった。思わず手に汗を握り、緊張が高まる。


私はほどなく、コーカサスと睨み合った。


デカい。身長も、筋量も、ガタイも、全て私より大きい。


「スゴいッスね。」


不意に私の口から言葉が漏れてしまった。しかも田舎訛りの下手な標準語で、緊張も相まって少し声が上ずった感じで。言葉を出してからそれに気づいて、少し恥ずかしくなってしまった。


「『スゴイ』?」

「急に何だオマエ。」


コーカサスの一言。字に表すよりも、もう少し間の抜けた感じの言葉だった。

「スゴい」とは、ただ呟いたつもりだった。

端的に言えば、コーカサスにこの言葉を拾われると思っていなかったのだ。私は恥ずかしさを誤魔化すように、脳内に思いついた言葉をボロボロとこぼす。


「体が練り上がってるってコトっす。それにその鎧…初めて見ます。見た目が…エロいし…」


「エッ、エロ…!?」


彼女は顔を赤くして、反射的に谷間を露出させていた胸のあたりを手で隠してしまった。


「いっいや! 違うんです! エロい……ってのは、その……機能セーがあるんスよ! 見てて興奮しちゃって…」


自分の言葉は場を悪化させるだけだった。コーカサスの顔はさらに赤くなり、「信じられない」という眉間に皺のよった表情を浮かべていた。

私はまた失敗した。


「…まぁなんか嬉しいけどよ、それ、言葉間違えてるぜ」


それに対して、彼女の返答はとても器量を感じた。絶対そうは思っていないのに、私を救うように「嬉しい」と表現してくれた。そしてその上で、私が失敗したことも隠さないでいてくれた。


「ホント、キモくてスイマセン…でもマジで褒めたいだけっス。下心とかホントにないんです」

「その鎧は……私の国では見ない形で、三つの突起が武器になるのはわかるんですけど、その胸部の小さな突起は何に役立つんでしょう? 鎧の縁が鋭過ぎるのも何か効果が……」


私は彼女と目も合わせず、モゴモゴと言葉を渦巻かせた。恥ずかしかった、自分がこの舞台に立てる人間でないと感じた。

その時、彼女は煽るように言った。


「……なんだ、不安なのか? 口数が多いぞ」


ギクリと心に刺さり、言葉が止まる。


「……それともビビってんのか?」

「お前……予選の決勝まで来て?」


「違いますッ!」


その返事はすぐに口から飛び出た。

自分の頭の中でまとまるよりも、遥かに早く。


「……戦いが怖いのかもしれません…けど、ここで折れることはしたくないんです。私は他の人みたく上手くはできないけど、叶えたい事のためには、“最強”にならないといけないんです…!」


出来るだけ自分の気持ちを素直に吐き出した…つもり。いつも変な事言って相手に嫌われちゃうけど、本当は相手と対話したいだけなんだ。


「あぁそう……闘いが好きでないのに、それを押し殺してここまで来たんだ。」

「…ハハ、すげぇよ。よく頑張った」


彼女の顔に再び笑顔が戻っていた。

だが、まるで闘う前とは思えない、優しさに満ち溢れた表情だった。私は……闘争の相手として力不足なのだろうか?


(それでも、いいよ……その評価、試合でひっくり返してやる。)


静かに熱をたぎらせた。

闘志がヒートアップすると共に、レフェリーが割り込むように私達の間に入った。話しはこれまで…ここから先は力と力のぶつかり合いである。


「両名、準備よろしいですね!?」


「っス。」


「モチロン。」


レフェリーは互いの顔を伺い、彼女らが強く武器を握ったのを確認した。


「レディィィィッ…」

「ファァアイッッッッッッ!!!」



瞬間、眼前に迫ったのは黒光りする“角”の一撃。彼女の右腕に装着された突起状の武器による、右ストレートである。



「ッ!」


体を後方に逸らしながらそれを回避…さらに追撃に迫る左フックも自身の鎧を纏う右腕でガードした。

しかし、ガード越しにも衝撃が伝わり、体の重心ごと弾かれてしまう。私は体勢を崩した。


「瞬殺ッッッ!」


コーカサスが目を恐ろしいほど開いて叫んだ。

再び角を装着した右腕が動き出す。しかし今度は直線的な攻撃ではなく、下から掬い上げるような婉曲的な攻撃…コーカサス本来の闘法である。

私は腕を交差し、在らん限り衝撃に備えた…しかし、どれだけ力んでもその圧倒的なパワーは抑えが効かなかった。

体が思い切り跳ね上げられ、体がフワッと浮かぶ感覚に襲われる。


(マズイ…この先は…!)


体をぶっ飛ばされながらも後方に目線をやると、闘技場の端…深い外堀が見えた。

そして闘技場のギリギリに私は落下した。背中を思い切り打ちながら、その反動でさらに後方、外堀へと体が落とされそうになる。私は必死の思いで、闘技場を掴んだ。


「ギラファッ…ギリギリで耐えました〜〜ッ!」

「危うく“場外負け”ッ! コーカサスの恐るべきパワーですッ!!!」


レフェリーの叫びが…遠くに聞こえた。

パラパラと小石が外堀の底へ落下し、私の落下は止まる。本当に序盤から限界であった。体をズリあげて、体を砂だらけにしながら闘技場の淵に体をずり上げた。


「危なかったねぇ…ギラファちゃん。這い上がってくれてアタシは嬉しかったけど、怪我しないうちに場外負けしといた方が良かったんじゃない?」


挑発されているのか、中央に立つコーカサスには余裕の表情がある。端に追いやられた事は少し屈辱的だが…この“距離”はとても好ましい。


(最初からインファイトに持ち込まれたのはマズかったけどが…今なら私の土俵で戦える…)


「コーカサスさん。」


「あんだい。」


「せっかくの祭なんスから。お互い全開でやり合わないですか?」

「私たち“本来”の力をぶつけ合ってさ。」


コーカサスの表情が固まる。とても面食らったように、ポカーンと。


「…いいのかい? あの姿はグロテスクでウケが悪いしさ…人の姿のままやり合うよりもグッと危険度が増す。本当にお前を殺しかねない」

「それに、あの姿の私は今まで無敗。誰も望んで私と“鎧争”をしたがらなかったんだぜ。」


「言ったじゃないですか。先輩の鎧…めちゃくちゃカッコよくて、カワイイですから。心配しなくても皆んなにウケますよ。」


私は体についた砂埃を手で払いながら軽く言った。そして一呼吸置いて、もう一言。


「何よりね、ここで全力出したくなったんです。全力の私で……貴方を驚かせたい」

「いや……勝ちたい。」


またもコーカサスの表情が驚きに変わる。しかし、ただ困惑しているのではない…頬は先ほどよりも優しく上がり、拳はぷるぷると武者震いを起こす…彼女は間違いなく歓喜している。


「…やっと顔色変わったじゃんか。そうだよ、そうこなくっちゃな」

「実は少し前の試合でな、相手を殺しかけてたんだ。それからお前と闘うのも怖くなって、少し手心を加えちまった。でも……今のお前なら、例え殺しても後悔はない」

「頼むぜ…全開のアタシに付き合ってくれよ?」


「愚問ッスわ!」


両者は武器を持つ構えを変えた。

ギラファの長い槍は両手で正面に持ち…

コーカサスは肩と両手に装着された突起状の武器を三つ合体させる。

そして、同時に叫んだ。


「「変身ッ!!!」」


その刹那、彼女らの鎧が変形を始める。各部位についていた装甲は全身を覆うように移動し、武器と体が一体化する。腹部からは二本の刺々しい脚部が現れる。そして彼女らの肉体は白く、淡い光に包まれると、物理法則を無視し、ガチャガチャという音を鳴らして…殺し合いにふさわしい形に変化する。


闘技場に巨大な二頭の怪物が立った。

方や二又の大顎を持つクワガタ。

方や三本角を掲げる漆黒のカブトムシ。


『ジャッジャーン』

『今のアタシの姿…どう思う?』


『変わらないっスよ。心からエr…カッコいいとね』

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