第11話 <現代編:再会>29年ぶりの玲ちゃん
<17時47分>
「はい、お店はこの駅の裏側の――」
店の方向を先生に手で示そうとして、
改札に一瞬背を向けた、その瞬間。
「こんばんは」
背後から女性の声がした。
うわ。
忘れるはずがない、この声。
声紋だっけ?
音紋?そりゃあ、潜水艦だ。
本人だよ――
くっ……。
俺の心臓の音、でけぇ。
息が止まりそうだ。
先生のメールを見たときも、あの日の告白のときも、比にならないくらい——。
今、ずっと強く。
身体が震えている。
「おおお、玲子ちゃん~、久しぶりだ〜!」
先に先生が笑顔全開で声をかける。その声が耳に入ってきても、駅のざわめきと一緒に、どこか遠くへ流れていった。
この一歩で、俺の過去も未来も、全部変わるかもしれない。
振り返る。
めっちゃ、怖い。
振り返るまでの、一瞬。
靴音。風の流れ。駅のアナウンス。誰かの笑い声。
すべてが一拍遅れて、耳に届く。
時間が、ゆっくりと伸びていくような感覚。
振り返ったら、二度と戻れない気がした。
でも――俺は、ゆっくりと身体を回した。
ベージュのコート。
視線が、自然と足元から上へ。
うそだろ。
完全に、やられたよ。
そう、やっぱり——今度もまた……俺の負けだよ。
期待するなって、あれほど思ったのに。
これは……ちょっと、無理だ。
全然……変わってないじゃん。
あの日と同じ笑顔。
髪型もしぐさも、立ち方も。
全てが“現在進行形”だった。
大人の静けさのなかに、何かを飲み込んでるような
どこか――覚悟みたいなものを帯びた、そんな佇まいにも見えた。
29年ぶりに、視線が合う。
一瞬、あのときの別れの言葉が鮮明に――
『ありがとう。でも、ごめんなさい』
……
「やあ……久しぶり」
かすれそうな声を、なんとかしぼり出す。
目頭を押さえるわけには……いかない。
俺、笑えているか?
瞬き多くないか?
あと一歩、現実に追いつけない自分がいた。
声を出したのは俺のはずだが、誰かが代わりにしゃべっているような感覚。
あのときと変わらない笑顔。
彼女の口から「……久しぶり……直君」
少しだけ……震えているようにも聞こえた。
その声で、封印の残りが、春先の雪みたいに――
音もなく、ふっと……消えた。
ねえ……玲ちゃん、どうしてなの?
なんでそんな笑顔なんだよ……。
反則だよ……ほんとに。
やっぱりさ、輝いてるよ。
綺麗だよ、とっても。
……
視線を合わせていると、吸い込まれそうになる。
だから、彼女の肩のあたりまで視線をずらした。
この感覚は、マズい。
とても……マズい。
胸の奥で何かが――「外れる音」がした。
想いの扉がまた、音を立てて動きはじめていた。
はるか昔に固く閉じたはずだったのに。
流されちゃダメだ。
手袋の上から、俺は左手にそっと右手を重ねた。
ぎゅっ……と、薬指を包む。
もういちど俺の“現在地”を確かめた。
消えたはずの想いを、もう一度静かに封じ込めるように。
自身を繋ぎとめる、錨のように。
今の彼女と自分を、ちゃんと見つめなおすために。
それがいまの俺にできる、たったひとつのことだった。
こいつをひっぱり出してきて、正解だったな。
通り過ぎる人々の流れの中で、3人を囲む小さな円だけが――
時を止めているように見えた。
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