第10話 <現代編:再会>待ち合わせの駅
大阪
高槻市
2024年2月17日
<17時10分>
出がけに、妻の明里と交わした会話が耳に残っていた。
「……じゃあ、行ってくるよ」
「行ってらっしゃい。楽しんできてね。先生によろしく」
なんでもない日の、なんでもない言葉のように。
通い慣れているはずの、いつもの高槻市駅。
なのに、今だけは初めて来た駅みたいに、
建物も空も、映るものすべてが変わって見えた。
<17時22分>
阪急高槻市駅
なんだろう……この緊張感。
久しぶりに、ドキドキしてる。
指先が冷たくなってきた。
駅の階段を上り、すべての改札が見渡せる場所を探す。
花屋さんの前あたりで待つのがいいか。
周囲をぐるりとサーチ。
先生も、「彼女」もまだ来ていない。
―期待するな―
―わかってるよ、そんなの―
―安心しろ、彼女はお前のことなんか忘れてる―
―うるせえ。でもまあ、そうだろうな―
理性を保とうと必死になっている自分が、実に情けない。
なんでこういうふうに思ってしまうんだろう。
葛藤してるというのが自分でもわかる。
完全なせめぎ合い。
特急や準特急が到着するたび、改札口は一気に混み始める。
通りすぎる人の波の中で、自分だけがぽつんとたたずんでいるようだった。
改札から出てくる人を見つめる自分の目は、刑事の張り込みみたいだ。
この人か——、いや違う。
この人でも——ない。
視線の先が、同世代の女性ばかりを見ている自分がいる。
玲ちゃん、お願い——変わっていてくれ。
見た目も、話し方も、雰囲気も、何もかも全部、別人みたいに変わっていてほしい。
……いや、
ほんとうは、あの日のままの君でいてほしいとも思ってる。
でも、それじゃまた引きずってしまう。
まだ「少しどころじゃなく」あなたを期待してしまっているなんて——
そんな自分に嫌気がさしてる。
あのときのままじゃ、きっとまた俺は……
俺さ、玲ちゃんへの気持ちが、まだ少しだけ……
29年も経ったのに、さすがに長すぎる気がしてるんだ。
だから、
今日できっぱり終われるくらい、俺の幻想を打ち砕くあなたで来てほしい。
あなたへの想いを、今度こそ……手放せる。
……本気で、そう思ってる。
自分じゃどうしても……断ち切れなかったんだ。
そう願いつつ、駅までの道のりで何度も身だしなみを確認する自分がいた。
追加で注文したあの鏡が大活躍してるぞ、まったく。
左手には腕時計があるのに、なぜか右手のスマホで時間を確認していた。
なにやってんだ、俺。
ぜんっぜん落ち着かないぞ。
——もうすぐ、会ってしまう。
これは現実なんだ。
だけど、どこか夢の中にいるみたいな気もする。
<17時28分>
改札越しの駅の窓ガラスに、夕暮れの残り光がうっすらと映っていた。
「直樹先生!」
背後から突然声をかけられて、飛び跳ねそうになった。
振り返ると、松山先生が笑顔で立っていた。
……ほっとした。
「いやいやいや、久しぶり〜、直樹君!」
「お久しぶりです、松山先生。お早いですね」
久しぶりに握手。
1年ぶりだ。
「うん。昔、このあたりに住んでたからさ、懐かしくて。1時間くらい前から、ずっと散歩してたよ」
「そうだったんですね。駅周辺もかなり変わったんじゃないですか?」
「変わりすぎて迷ったよ。駅ナカもぜんぜん違うし、この辺の建物も。
直樹君は、いつもこの駅使ってるんだっけ?」
「はい。いつもここから大阪へ出勤してます」
松山先生が左腕の時計を見た。
「玲子ちゃんも、そろそろ着くかな。もうすぐだね。いやあ、楽しみだなあ」
松山先生は、少年みたいにとびきりうれしそうな笑顔だ。
「はい。そうですね、もうすぐ来られますね……玲子さんも」
たぶん、俺の顔は引きつっている。
先生とは対照的に。
……やばい。
めちゃくちゃ緊張してきた。
告白級の震えなんだけど。
息がうまくできない。
鼓動もどんどん大きくなる。
聴診器すら、いらない。
自分の心音に、振り回されてる。
ほんと、情けない。
でも、どうしようもないんだ。
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