第3話 <現代編:再会前夜>元旦と年賀状

2024年1月1日 元旦

午前9時50分


澄みきった晴れ。

遠くの山はうっすらと雪化粧をしていたが、明日には消えるだろう。

あの町と比べれば、これくらいの雪なんて。


電車内は閑散としていて、駅ナカのコンビニには小さな正月飾り。

阪急高槻駅の改札はガランとしていた。

定期券をかざした時の「ピッ」という電子音も、甲高く聞こえる。


初詣の帰りだろうか。

縁起物をかかえた人たちとすれ違う。


静まり返ったマンションの自動ドア。

郵便受けには、年始特集の分厚い新聞と年賀状が束になって入っていた。


ガチャリと玄関を開ける。

部屋の中には、まだ去年の空気が閉じ込められていた。


「ただいま……」

なぜか小声。

もちろん、返事はない。


輪ゴムでくくられた年賀状をテーブルの上に置き、

30秒だけ窓をあけて、新年の空気を部屋にお招き。


“は~あ”、と軽い溜息。 


―シャワー浴びるか。いや、それよりも―


コーヒーを淹れながらも、

―まずは、こっちか―


冷蔵庫扉のマグネットには子供たちの年間予定表が留められている。

部活の日程、三学期の懇談と、学年末試験の日程。


―扉の内側っと―


発泡酒。

プシュ、という音が部屋に響く。

1人乾杯。

-お疲れ、俺-


今年最初の一口だ。

「ん~、しみるわ」思わず声が漏れる。


テーブルの上のスマホが震えた。

明里からの着信だ―いいタイミング― 


「大晦日当直、おつかれさま~。電話でだけど、明けましておめでとう」

「明けましておめでとう。今ちょうど病院から家に着いたところだよ。

みんなの年賀状、ただいま仕分け中。……そっちは寒い?」

「晴れてるけど、大阪よりは寒いかも。昨日はみんなで紅白観て、あけおめ言ってから寝たよ。昼間の上野はすごい人だった。子供たちは、『じいじ・ばあば』が甘やかし放題だから、のんびりイェーイ状態」


電話口の向こうで、楽しげな笑い声が弾けていた。


「昨日はどうだった。忙しかった?」


ちょうど二口目の発泡酒。

「うん……夕方まではひっきりなしだったけど、夜は少し落ち着いたかな。

大晦日って、みんな病院にかかりたくないはずなんだけど……重症が多かった。気は抜けなかったよ。今朝帰るときに、スタッフさんに言われたよ。

『今年の大晦日も、よろしくお願いします』って」


「えっ、それ予約されてるじゃん」電話越しで明里が笑う。


「もう確定っぽい。でも全然いいんだけどね」

廊下の隙間風が、わずかに足元を冷やす。


「ああ、そうそう。冷蔵庫の伊達巻とかまぼこも、食べてちゃっていいの?」

「もちろん。冷凍庫のも適当に食べてね。発泡酒も入っているはずだけど……もう飲んでたりして?」


―むぅ、鋭い―

 

「ありがと。今日はもう、ゆっくりするわ。何か食べて、少し寝ようかな。

ああ、それと……年賀状。松山先生からも来てた」

「えっ、先生から? 高校の?」

「うん。なんとまあ、来月引っ越すって書いてあった。

いよいよ大阪に戻ってくるんだって。定年退職らしい。家は茨木みたい」


「ほんと? そんな近くに……それはご縁だね」


「うん。こっちの出身の先生とは聞いてたけど。ご縁というのは、ほんとだね」


直樹は、そっと指でなぞるように、手書きの文字に目を落とした。


懐かしい少し丸くて小さめの字。

クラス担任だった頃と全く変わっていない。


『引っ越し準備で、現在大阪に軸足を移しつつの、北海道との二重生活中です。

2月中旬に、大阪に完全に戻ります。直樹君、時間ありますか?

一献いきましょう。連絡します』


「先生、変わってないな」つぶやきが出る。


けれど、自分の中の何かは、

あの頃からずっと遠くへ来てしまった気がした。


年賀状を食卓に広げたまま、手を止める。

窓際の光が紙の縁を照らし、先生の筆跡がそこだけ浮かび上がって見えた。


先生はワイワイ系の居酒屋が好きだったな。

酒が似合う先生だった。

どかっと座布団に腰を下ろして、焼酎を注ぐその手はとても丁寧だった。


カーテン越しの光がやわらかく差し込む。

食卓のマグカップから立ちのぼる湯気が光のなかで揺れ、頬にわずかに熱を残した。


2月ってことは、もう来月か。

高槻、茨木そのあたりで店を探すか。

それとも最初は梅田に?

大阪駅周辺もずいぶん変わったし。最初の店、どこにしようか。


酒とつまみを両手に、先生宅へ正面突撃っていうのもありかも。

つまみは、北海道の「とば」と「こまい」でいきましょうか


昨年の1月。

年始の挨拶に、先生の家を訪ねたことを思い出す。


あのときの声が、耳に残っていた。

もう1年経ったのか……。

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