第14話 観測会開始前~作戦決行前 side:鈴木朔太郎
「やっほー。鈴木君」
僕が校門前にたどり着いた時、先にきていた佐藤さんが手を振りながら声をかけてくる。
その手にはお菓子の入った大きなビニール袋を持っていた。
校門の前には佐藤さんの他に六人の生徒がいた。皆、校門が開くのを待っている様子だった。おしゃべりしている仲の良さそうな女子生徒。彼女らの紺のセーラー服のリボンをみると山吹色で一年生のようだ。その近くにはメガネをかけた小柄な男子生徒が、天体望遠鏡が入っていそうな袋を肩に掛けている。紺のブレザーのネクタイの色は同じく山吹色だ。十月に入って肌寒くなってきているので皆冬服になっている。
その横には背の高い女子生徒がいた。リボンは藤色で、眼鏡をかけて文庫本を読んでいた。藤色ということは三年生だ。少し離れた位置には、制服を適度に着崩して浅葱色のネクタイをした見知った顔があった。隣のクラスの物部と曽我だ。物部は部活動に所属しておらず、曽我は陸上部だったはず。天体観測とは無縁と思われる彼らが、一体なぜ。
僕がそう考えていたのを佐藤さんが察知したのか「物部君はね。天文サークルの一員なの。今日は曽我君を連れてきてくれたみたい」
佐藤さんがこっそり教えてくれる。
校舎の時計を見ると四時五十分を指していた。
まだかなと思い、しばらく待っていると、重い校門が開いて「お待たせしました。さぁどうぞ中に入ってね」と七瀬先生が出迎えてくれた。
僕らは、ぞろぞろと中に入っていく。
全員が入ってから、ギィっという大きな音が鳴り校門が閉められた。
夕日に照らされて、オレンジ色に染まったグラウンドには既にテントが設置されており、端の方には荷物置き場だろうか、レジャーシートが広げられていた。空を見上げると、雲一つない。
土曜日の夕暮れ時の校舎には僕らだけだ。
これほど学校を広く感じたことはない。不思議な開放感に支配されている。
「それでは皆集まったことだし、今日は新たな監督の七瀬先生がいらしているので、まずは自己紹介をしましょう。七瀬先生からどうぞ」
顧問の先生が、七瀬先生から自己紹介を促していく。七瀬先生の次に顧問の先生が自己紹介した。天野美月先生。愛称はミッキー先生というらしい。
続いて、佐藤さんに声がかかる。その顔は少し緊張していたが、話し始めるといつもの調子に戻ったのか、声に張りが出てきて、最後は笑顔で締めた。その後は、時計回りで自己紹介が始まった。皆、天文サークルのメンバーだった。まだ順番は回ってこないと高をくくっていたら、佐藤さんが時計回りのルールを無視して、不意に僕を指名してきた。これは天文サークルのメンバーはここまでで、僕以外の見学者は自己紹介していない二人ということを印象付けたかったのだろう。
「二年二組、鈴木朔太郎です。たまに星を見るのもいいかなと思い佐藤さんに誘われて来ました。よろしくお願いします。」
と、恐らく根回しされていないであろう見学者に配慮して、適当な理由をつけた。
僕に続いて曽我と一年生の遠藤さんが自己紹介した。
自己紹介が終わり、僕らは顧問の先生に促されて、各自、荷物をレジャーシートに置いた。
「それでは今日やることを説明します。皆さん秋の夜空に特徴的な星座って何だと思いますか」
美月先生がみんなに尋ねる。
「はいっ」と言って、一年生の卜井さんが手を挙げる。
「それはペガススの四角形だと思います。」
「そう。ペガススの四角形。別名秋の四角形と言います。ただし、ペガススの四角形は見えにくいので、まず、南天に注目しましょう。今日の目玉は土星です。天体望遠鏡があるので土星の輪が見えると良いですね。今日は南天のどのあたりに土星が見えると思いますか」
美月先生の質問に一同目を合わせる。
一人の手が上がる。
「みなみの魚座フォーマルハウトの近くです。」
一年生の飯田君といったか。はっきりと自信ありげに答えた。自己紹介の時とはまるで違う堂々とした表情だった。
美月先生は満足した表情で
「そうフォーマルハウト。南南東に来るのがだいたい八時過ぎだから七時半頃から探し始めるのがいいかもね。フォーマルハウトは一等星で、土星も明るいから、今年は南の一つ星ならぬ南の二つ星で探しやすいの。南の二つ星を探して、天頂に上るペガススを探すというのが今日のテーマです。天体望遠望遠鏡は南向きに設置して、あとは各自、思い思いに過ごして下さい。テントの中は出入り自由なので、そこでおやつを食べるのもよし、勉強するのもよしです」
そう言って、美月先生は皆を解散させる。
日がだいぶ落ちてきたので、各自、ランタンや懐中電灯を点灯させる。三角屋根のテントの中にも明かりが灯り、観測会のチラシのような幻想的な雰囲気になった。
佐藤さんは駄菓子を沢山買い込んでいたようで、テントの下のテーブルの上にお菓子の入った袋を置いた。
「皆さん。お菓子がありますのでご自由にどうぞ。お代は活動費から出るので、ご心配なく」
佐藤さんは声を張り上げて伝える。
テントから少し離れたところで、飯田君と美月先生が、それぞれ天体望遠鏡をセットしている。飯田君の後ろには卜井さんと遠藤さんが、美月先生の後ろには物部と曽我が見守っていた。飯田君は卜井さんに色々と説明しているようだった。遠藤さんは見学者にも関わらず必死でメモを取っているようだった。美月先生は物部と談笑している。
三年生の秋津先輩は英単語帳を持って、三角屋根のテントの中に引っ込んだ。受験生なので勉強が忙しいのだろう。僕らも中間試験前で人のことは言えないが、こうやって高校で仲間とわいわいできるのも、貴重な機会なので大切に過ごしたいとも思う。
僕は七瀬先生にこっそり確認をとる。
「作戦決行は七時半頃から八時過ぎの間ですか」
七瀬先生は黙って頷く。
「それで、私には装備を整える時間がいるから、七時十五分位から抜けようと思う。そのタイミングで二人とも抜けられるかしら」
七瀬先生から反対に耳打ちで質問が来る。
「多分大丈夫だと思います。佐藤さんにも伝えます」僕はそう言って佐藤さんのところに向かい作戦準備で、七時十五分位から抜けることを周りに聞かれないように伝えた。
「ラジャー。美月先生には上手く伝えるね」
佐藤さんは作戦を楽しんでいるようで、大きな目を輝かせながら笑顔で答えた。
美月先生には物部がべったりついている。
一体どうやって伝えるのか。少し不安が残った。
観測会が始まって、一時間程度が経った。
相変わらず、物部と美月先生は一緒にいる。
物部はノートパソコンの画面を見せて、美月先生にアドバイスをもらっているようだ。
グラウンドにあるトイレに行くついでに、ちらっと画面を見たが、英語ばかりが並んでいて何かのプログラミングコードのように見えた。
これは長くなりそうだ。
佐藤さんは曽我と話している。
耳をすますとサークルへの勧誘のようだった。
曽我の返事は「考えておく」だった。
曽我はそう言って物部のほうに向かっていった。
手の空いた佐藤さんに僕は声をかけた。
「美月先生はしばらく無理そうだ。ずっと物部とべったりだ」
佐藤さんは「それじゃこうしよう。鈴木君。七時十五分位になったら、美月先生に『僕は北極星を見たいです』って言うの。そうしたら、きっと、私と七瀬先生を指名して抜け出させてくれるから」
佐藤さんは、いいアイデアでしょと、言わんばかりに自信満々に笑みを浮かべている。
つまり、僕に演技力を求めているわけだ。
「どう。出来そう。何なら私から『鈴木君が北極星を見たいって言っています』って言おうか」
佐藤さんは、いたずらっぽく僕を試してくる。
「分かった。やるよ。仮にもしこれで伝わらなかったら『佐藤さんがお腹を壊したようなので抜けます』って言うから」
僕は僅かな抵抗をしたが、佐藤さんには効かないようだった。
そのやりとりの間もグラウンドの天体望遠鏡を通して、飯田君はずっと星を見ていた。
僕は手持ち無沙汰になったので、自分の荷物から、いつもの文庫本を取り出し三角屋根のテントに潜り込む。
三角屋根のテントの端では秋津先輩が単語帳をめくりながら、ブツブツと単語を唱えていた。
その横ではタロット占いが行われていて、卜井さんと遠藤さんがいた。
「あっ鈴木先輩。一回占ってみますか。例えば好きな人との関係とか」
ふわふわとしたセミロングを揺らして、卜井さんが気さくに話しかけてくる。
卜井さんといえば、旧校舎の噂話を色々聞いて回る位の噂好きと伝え聞いている。下手に会話すると変な誤解が広まるかもしれない。
「ありがとう。ところで、学業について占えるかな」
僕はダメージが少ない方向に話をそらした。
「一応、できますが、その方面で占うのは得意じゃないので、あまり期待しないでくださいよ」
やや不服そうな表情をしながら、卜井さんはカードを繰り、裏面で床に並べる。僕はその中から3枚選んだ。表になったカードを見て、卜井さんは
「学業運ですが、過去はソコソコ良い成績だったと予想されます。現在は、誘惑があって道を誤る危険があります。未来は悪くないですが前途多難でしょう」と言った。
確かに今夜の作戦のために試験勉強がおろそかになっている。作戦が一段落したら一夜漬けであろうとも踏ん張らねばならない。
「ありがとう。参考になったよ」
僕はそう言って本を開ける。
卜井さんと遠藤さんは、タロットカードを片付けて、お菓子を食べながら他愛もない話をしていた。
本に目を落として、しばらくの時間が経った頃、テントを開けて佐藤さんが手招きをする。
外に出ると空には満天の星空が広がっていた。東の空には夏の大三角形が輝いていた。
「そろそろ時間だから、美月先生のところに行こう」
佐藤さんはそう言って、僕を美月先生のところに向わせる。美月先生のそばにいる物部と曽我は一緒にノートパソコンの画面を見ている。
「美月先生。すみません。今日は南の空をみんなでみる予定だったと思うんですけど、本物の北極星を見たことが無いので、どうしても見たくて」
僕がそう言うと、美月先生は佐藤さんと目を合わせて、何かを察したようだ。
「それでは、これから佐藤さんと七瀬先生と一緒に北極星を探してもらいましょう。七瀬先生も初心者なので、佐藤さん、教えてあげてね」
美月先生は、物部達にも聞こえる声でそう言った。物部達のパソコンをちらっとみると球体が楕円軌道を描いて動いていた。彼らは、何かを成し遂げたようで嬉しそうだった。
美月先生の了承を得た僕らは七瀬先生の所に向かった。七瀬先生はレジャーシートのところで待機しており、リュックサックを手に持っていた。
「オッケー出たので行きましょう」
佐藤さんは七瀬先生にそう言って、僕らは旧校舎に向かった。
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