演目2『スライム怖い』
えー、毎度おなじみ、笑いのダンジョン、異世界寄席へようこそ。いぬがみ亭とうまで御座います。ありがとうございます。ありがとうございます。
えー、冒険者ってぇ稼業はですね、見栄とハッタリで成り立ってるようなもんでございましてね。手柄話にゃ尾ひれがヒドラの頭みてぇに九つも十も付きますし、昨日転んでこさえた膝のすり傷が、次の日になりゃあ「これはドラゴンにやられた名誉の負傷だ」なんてぇことになってるんでございます。
特にその手合いが集まりますのが、冒険者ギルドの酒場。
今宵も、一杯ひっかけた冒険者連中が、威勢のいい自慢話を繰り広げておりました。
筋骨隆々の戦士、ケンさん。
重い鎧に身を固めたタンクの、ヨロイさん。
身のこなしの軽い盗賊の、ドロさん。
この三人が、エールをがぶ飲みしながら今夜も管を巻いております。
ケン 「いやぁ、この前のワイバーンは強かったぜ! あの鉤爪が俺の鎧をガリッとやった時は、正直、肝が冷えたね! 俺ぁやっぱり、ドラゴン系のモンスターが一番怖い!」
ヨロイ 「甘ぇな、ケンさん。物理攻撃なんざ、この大盾で防げらぁ。俺が本当に怖いと思うのは、アンデッドの王、リッチ様よ。あの呪いの言葉を囁かれた時ぁ、魂ごと凍りついて、MPがゼロになるかと思ったぜ」
ドロ 「お二人さんこそ、まだマシでさぁ。敵だって分かってりゃ対処もできる。俺が怖いのはミミックだね。薄暗いダンジョンでよ、キラキラ光る宝箱を見つけて『お宝だ!』と思って開けたら、中から真っ赤な舌が出てきてガブーッ! あれほど心臓に悪ぃもんはねぇや」
てんでに「怖い、怖い」と言ってはおりますが、その実、「俺はそんな強敵と渡り合ったことがあるんだぜ」と、顔に書いてあるわけでございます。
そんな騒ぎをよそに、酒場の隅っこで、一人静かに薬草をすり潰している男がおりました。
痩身で、いつもローブから薬の匂いをさせている錬金術師の、ジンさんでございます。
これに気づいたケンさん、ちょいとからかってやろうと声をかけた。
ケン 「おい、ジンさん! あんたもギルドに登録してる冒険者の端くれだ。何か一つぐらい、怖いモンスターがいるだろ? 言ってみろぃ」
ヨロイ 「おいおい、ケンさん。
ドロ 「いつも森で薬草を摘んでやがるからな、モンスターなんて見たことねぇって」
ケン 「見たこと無くても、名前くれぇ知ってんだろ、おいジンさん、何が怖いんだい?」
周りの冒険者たちも「そうだそうだ!」と囃し立てます。
ジンさん、すり鉢から顔も上げずに、ボソッと一言。
ジン 「……俺は……スライムが怖いんだ」
一瞬、酒場がシン…と静まり返りまして。
次の瞬間、ドッと、天井が抜けるような大爆笑に包まれました。
ケン 「ぶはははは! 聞いたか、みんな! ジンさんはスライムが怖いんだとよ!」
ヨロイ 「あの、ぷるぷる震えてるゼリーがかい! ギルドに入りたての子供だって、素手でペチペチ叩いてるぜ!」
ドロ 「そいつぁ傑作だ! 今日のMVPはジンさんで決まりだな! ぎゃははは!」
ジン 「ドラゴン? リッチ? ミミックだって? あんなモンスターどもは取るに足りねぇ。お前さん達は、スライムの本当の怖さを知らねぇんだ」
ケン 「馬鹿言っちゃいけねぇよ、スライムの何が怖いってんだ。ええ?」
ジン 「死んでるスライムは怖かねぇよ、怖いのは生きてるスライムだ。あの、質感……何よりコア持ちのスライムよ。ぷるっとした中にキラキラ輝くあのコア……、ポイズンスライムのあの色。メタリックスライムなんて想像しただけで小便漏らしちまいそうだ」
ケン 「小便漏らしちまうだって? だらしねぇ奴さんだねぇ」
ジン 「ああぁ、ダメだ。スライムの事を考えたらクラクラしてきちまった。俺は帰るよ」
その後、やいのやいのとからかわれても、ジンさんは何も言い返さず、黙って薬草を袋にしまうと、勘定を済ませて工房へと帰ってしまいました。
ヨロイ 「なんだい、つまらねぇの」
ケン 「まあまあ、ヨロイさん。オイラぁ面白いことを思いついたぜ」
ケンさんが、ニヤリと悪巧みの笑みを浮かべて言いました。
ケン 「あの臆病者のジンさんを、いっちょ、本気で怖がらせてやろうじゃねぇか!」
ヨロイ 「そいつはいい! あの野郎は、王都の学院を出てるからって、オイラたちをいつも馬鹿にしてやがる」
ドロ 「日頃の仕返しをしてやろうじゃねぇか! ケンさん、オイラ協力するぜ」
さて、その翌日。
ケンさんたちは連れ立って、ダンジョンのとやってまいりました。目的はもちろん、スライムの生け捕り。赤いの、青いの、緑のと、色とりどりのスライムを捕まえては、大きな樽の中へと放り込んでいきます。更には珍しいメタリックスライムまで何匹も捕まえた。
そして、夜も更けた頃。
ケンさんたちは、ジンさんの工房の前に集まりました。
ケン 「いいか、合図をしたら、窓から一斉にこいつらを流し込むんだ」
ヨロイ 「へへっ、ジンさんの悲鳴が楽しみだぜ」
示し合わせた通り、樽に満載のスライムを、窓から工房の中へザバーッ!とぶちまけた!
ケン 「ジンさーん! スライムだぞー! 怖いかー!」
ドロ 「ぷるぷる地獄のお届けだぜー! ぎゃははは!」
外でげらげら笑っていると、中からジンさんの声が聞こえてまいります。
ジン 「うわぁ、怖い、怖い……! 実に怖い……!」
ケン 「お、聞いたか! 怖がってるぞ!」
ドロ 「よし、どんな顔してるか覗いてやろうぜ!」
冒険者たちがそーっと窓から中を覗き込むと、そこには想像もしなかった光景が広がっておりました。
ジンさんは、床に散らばった色とりどりのスライムを前に、恍惚とした表情で立ち尽くしている。その手には大きなひしゃくが握られており、ぷるぷると震えるスライムを大事そうにすくい上げると、部屋の中央で不気味に煮えたぎる巨大な錬金釜へと、次々と放り込んでいるではございませんか。
釜はゴポゴポと音を立て、投げ込まれたスライムの色を映して、七色に妖しく輝いております。
ジン 「ああ、怖い、怖い! こんなに大量の最高品質スライム、それも希少なコア持ちばかり!」
ジン 「怖い、怖い。これじゃあ、一本で瀕死の重傷だろうが、毒だろうが、呪いだろうが全快するっていう『万能薬エリクサー』が、百本は作れてしまう!」
呆然とする冒険者たちを尻目に、ジンさんの独り言は止まらない。
ジン 「大儲けしすぎて錬金術師の憧れのオリハルコンが買えるかも……ああ、ギルドや王族に目をつけられるのが怖い! 儲けが出すぎると、税金が高くなるのが、ああ、実に怖い、怖い!」
そう言うと、ジンさんは窓の外の冒険者たちに向かって、ニヤリと笑いかけました。
ジン 「皆さん、これはこれは、どうもご親切に。生け捕りが難しいコア持ちのスライムをこんなにいっぱい。おかげで仕入れの手間が省けて大助かりですよ」
ケン 「こんちくしょう! 騙しやがったな」
ヨロイ 「てめぇ、こんの野郎。スライムが怖いなんて嘘吐きやがって」
ドロ 「やい! ジンさん。アンタ、本当に怖いものは何だってんんだ」
ジン 「おや、俺の『本当に怖いものは何か』ってのが、知りたいんで?」
ジンさんは、釜のそばに積んであった空の薬瓶を一つ、指でコンと弾いて、こう言ったそうでございます。
ジン 「今度は、この工房に入りきらないほどの『オリハルコンのインゴット』が、どっさり山積みになってるのが、怖いねぇ…」
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