ジェスタリア魔法学園物語(サ終間近)

ににしば(嶺光)

ふしぎなアプリ

「……ああ、でもだってぇ、枕元の妖精さんがぁ!」

少年ははじめだけ頼もしげに、あとは情けない声で叫んだ。

ニートのわたしがあらたに始めたゲームは、選択式の魔法学園ものだった。主人公を育て、魔法学園を卒業させる。

わたしはしばらくはまっていた。

特にすごく面白いのは、選択肢が絵やマップ内の位置で表され、一見すると意味がわからない部分だ。しばらくやると慣れたが、押す順番により文章を話させることもできる。主人公は「ああ」と首肯し、とたんに「でもだってぇ」と情けなくなったりもする。

「学園生活で人々に囲まれるのは苦手か?」

「ああ、でもだってぇ、枕元の妖精さんがぁ!」

先生、この生徒の発言は気にしないでください……。

「ちょっと、あんたいつまでやってんの?家族であんただけ、ニートの分際でいつまでも!」

妹はいきなり扉を開け、さけぶ。そして風のようにバイトに行ってしまった。

はあ、わたしだって、わかってるよ、でも……枕元の妖精さんがぁ……。


「エリノア、髪の色をクラス全体で反転させないか、紫髪のクラスに飽きたことは?」

「は?」

わたしはふと目を見開き、あたりを見回す。広いフロアは、あちこちが高級ホテル、いや、まるで観光地のお城のようだ。

机の周りには、みな一様に紫髪の少年少女。わたしがふとうなずきかけると、ななめ前の少年は指を鳴らした。

「はい、じゃあだいたい反転させて、オレンジにしたよ」

「あ、やっぱそれ戻して!」

「なんで!?」

「やっぱ紫がいい」

「しょうがないなー、エリノアがいうなら」

少年は指を鳴らしてみなを紫髪に戻した。

そこへ、長い服を身にまとう男性が歩いてきた。入るなりわたしの顔ばかりじろじろ見て、こう聞いた。

「今までは一人だったはずだが、学園生活で人々に囲まれるのは苦手か?エリノアは才能があるから、きっとやれるぞ」

「は、はい……ガーデン先生」

「よし、では授業をはじめる」

……夢か。

これはきっと夢に違いない、わたしはゲームの世界にいる?

わたしは指を鳴らした。なにも起きない。

「それはおれのだよ、エリノア。あんたなら自分のがあるだろ」

「はぁ」

わたしは指を回した。なんとなく、オリジナルっぽいかたちを描く。

「夢かうつつか、その影に見るは絶望の叫び……あるいは希望の色、そのうつろな輝きをつかめ」

すると、窓のむこう、風景の一部がふきとんだ。

わたしは目を見開き、しばらく石像のように固まった。

あたりは見下ろす限りに爆発事故のあとのように様々なものが吹き飛んでおり、跡形もない。手持ち花火くらいの角度でわたしから広がるその風景は、はるか遠くの学園敷地外に近づいていた。

「あー、エリノア。やっちゃったな」

後ろからニヤニヤした声の少年が言う。先生も笑っている。

「よかったな、学園外に届かなくて。結界に弾かれてたらお前が吹き飛んでたぞ。跡形なく粉砕していては、医務室に運べるかわからないからな」

「も、戻せるんですか?……よかった」

わたしはため息をついた。


校舎の上部には浮かぶ塔がいくつもあり、それらはどうやら寮のようだった。

寮の自室を目指していると、ふとわたしの部屋の前に様々なクラスの生徒が見えた。みなわたしを振り返ると、金切り声を上げかけてやめた。

「なんだ、エリシャ様じゃないわ、あの爆発事故のエリノアか」

「また間違えたわ」

生徒たちが立ち去っていく。みなが消えて風の音に震えていると、背後から声。

「お姉ちゃんの部屋をダミーにしといてよかったわ」

「あなたは、エリシャ……?」

「当たり前よ」

エリシャは長い金髪をなびかせ、腰に手を当てて鼻で笑った。

「飛行学部では、わたしほどの優秀な生徒はいないというらしいから、目立たないようにするのも大変なのよ」

「あはは」

「何よ」

ゲームの中では、選べる主人公のなかの一人だった。あとからクラス単位で変えられるが、飛行学部を選ぶと自動的に金髪になる。そんな一人が、わたしの妹。現実の妹にどことなく似ていて、面白い。

「お姉ちゃんはせいぜい、みんなに迷惑かけないように卒業しなさいよね。お姉ちゃんばっかり優秀に生まれたからって、調子に乗ってたら追い抜かしてやるから!」

「あはは……え?」

わたしは首をかしげた。エリシャは涙目で立ち去った。

わたしは不思議な気持ちになっていた。

さっきの魔法の威力といい、なにやらわたしは優等生らしい。

紫髪のクラスといえば、どんな魔法を使うかにおいては、様々なクラスの融合したような内容のクラス。

自分の好きな組み合わせを試せるはずだ。

わたしはよくわからないはずだが、わたしらしき生徒、エリノアは自由な魔法を操っている。詠唱もすらすらと、なんらかのポエムのように出てくる。

「……ちょっと面白いかも?」

わたしは寒い廊下から、自室に戻った。自室はすっかり、ゲームと同じかんじの部屋だった。気に入るまでアレンジして、眠りについた。


「エリシャ様ー」

「わー、すごすぎる!」

飛行学部のエリシャは運動場の空をわが物顔で一人飛び回っていた。速度も高度も、飛行技術ならだれもかなわないようす。さすがは主人公の一人だ。

わたしはそことは少し離れた小さな部屋で、昨日と同様にクラスのみなと集まっていた。すっかりではないが、粉砕された風景は修復されつつある。すぐ簡単に修復されないのは、その威力の重さをコントロールするためにも、失敗は目に焼き付けておけ、という方針のようだ。昼にはしかし、すっかり元通りだろう。

「やってるか?」

「ガーデン先生、でかい図体でこれ以上入られたら、部屋が狭くなりますから、出て行ってください」

「わかったわかった……わかるか。わたしは先生だぞ」

ガーデン先生は一度出て、すぐ戻ってきた。魔法学園ものの先生なのにノリツッコミをする。和製ゲームはこれだから……。見た目もなんとなく、知る人ぞ知る伝説のゲームのキャラに酷似している。

「先生は生まれつき才能はないが、勉強はよくできたものだ。とにかくそのあらゆる理屈を、おまえたちには叩きこむ。それがわたしの使命だ」

「だから、先生、聞きたいことがあったら出向きますから、戻ってください」

「いやまあ、一応監視役でもあるからな」

生徒の少年とガーデン先生は談笑していた。ゲームより会話が多様になっているかもしれない。

「マジカル三角形トリオだ、この魔法は強いぞ」

「歌で覚醒するととにかく強くなる魔法です」

「振り回せる光の剣の魔法!」

クラスの生徒たちは様々な魔法を編み出していた。どこか見たことがあるような……。ガーデン先生が許可を出すと、生徒たちはすぐ練習場に向かった。

「部屋が広くなったな。とにかくまあ早く思いついて、試してみよう」

「先生……」

「なんだ?」

クラスの生徒はあまりおらず、わたしは先生と二人取り残されていた。

「昨日のやつ、くらいしか思いつかないんですけど……愼黎儀、って名前までつけましたし」

「……あれは強すぎる。ちょっといいか?そのアイデアのメモは?」

「これです」

わたしは紙を提出した。宿題に出されていた、今日の新しい魔法のアイデアを記したもの。

「じゃあ、こうしてこうすれば、まあ、大丈夫だろう。これで行ってきなさい」

「は、はい」

わたしは練習場へ向かった。急がないと昼になってしまう。

練習場では、クラスの生徒たちが魔法を練習していた。わたしが来ると、場所を空けてくれる。

「威力、気をつけろよ。反射壁に当たると、あんたが粉砕されるからな」

「うん」

わたしは息を吸い込み集中し、紙の上の魔法を読み上げた。

「夢かうつつか、その影に見るは絶望の叫び……あるいは希望の色、そのうつろな輝きをつかめ……マジカルラッキー・リバース!」


ばっ!!!


手から出たのは、なにやら良い香りのする粉だけだった。なめると幸運になる気がした。これは……いや、やっぱり気にしないでください。何にも似てません。

「よかったー」

「ガーデン先生に直されたんだ。これでいいんだよこれで」

「あははは」

クラスメイトたちは私に笑いかけ、背を叩いた。

わたしは手についた粉をしきりになめながら、腑に落ちない気持ちでうなずいた。


わたしは腑に落ちない気持ちのまま、職員室に来ていた。

「ガーデン先生!」

「ああ、あはは。うまくいったか

「いったというか……」

「練習場の狭さを考えろ。おまえには長生きしてもらいたいんだ」

先生はわたしに言い聞かせた。わたしは聞いた。

「でも、よりレベル高い魔法を編み出して何が悪いんですか。……いえ、たしかに事故はよくないですけど」

「ああ、どんな魔法も素晴らしい、否定はしたくない」

ガーデン先生は言った。

「しかし、強い威力には意味が必要だ。ただまわりを圧倒するだけどはいけない。意味さえあれば、きっとその魔法も、力だけではなくなるだろう」

「?」

「要するに!」

すると、背後からクラスの生徒の少年が現れて言った。

「アイデアを出す訓練なんだ、これは。オリジナリティが高いと威力は高い。しかし、ただパワフルな魔法は学園を滅ぼす」

「矛盾ね」

わたしは言った。

「おかしい、いくらでもやったっていいように、練習場を広くすべき」

「限度なんて、どこにでもあるだろ。世の中に出ても言ってたら、だれもおまえの魔法をほしがらないぞ」

「就活つらいぞ」

「うっ」

わたしはニートの日々を思い出した。今とは真逆の理由だが、あれがここでもあると思うと……。

「やりすぎはよくないわね」

「そうだ、そういうことだ」

「でも、たまにすごい威力の魔法が外にはある気がするな……」

そこで、ふとクラスメイトの少年はつぶやいた。先生もその言葉に首をかしげた。

「そうだな、なんでだろう」

「なんでだろう」

「……外?学園の外のことですよね?」

「そうだ、外だ。あれは……たまにこの学園にまで大きな影響を及ぼす。クラスが増えたり、先生や生徒が増えたり、新しい魔法が増えたりする」

「なんなんだろうな、あれ……。」

「ああ!」

わたしはうなずいた。先生と少年はわたしを見た。

外とは、ゲームの外の世界のことだ。新しいコンテンツが流行るたび、クラスやキャラ、魔法が増えていく。これはそんなミーハーなゲームだった。そこがまた話題にもなったりするが、あまり効果は薄いらしい。

「ああ、って?」

「なんでもない」

「しかし、あの追加魔法やクラス、先生たちはなんなんだろうな。全く違った世界を感じさせるが……校長は学園が流行るためのテコ入れと言っていたが、この学園の財政が豊かになった感じはあまりない」

「そうでしょうね……」

「そうなんだ?」

先生にうなずく私に、少年も首をかしげた。

「もうそろそろ、この学園も閉鎖の噂があるくらいだからな。」

「え」

わたしは息を止めるように言った。横で少年も先生を見ている。

「ほら、生徒も少ないだろう?そろそろだろうな、うん。」

先生は残念そうに言った。


なんてことだ、わたしにとっては最高のゲームだったのに……はるか昔、オンライン要素どころではない時代の名作ゲームを再現したところから伝説的だった、このシリーズが……なくなる?

まあ、でも少しはわかる。

新要素への不評の嵐、ストーリーやキャラへの不満、パクリ疑惑……。

水のように薄いストーリー性で長いシナリオモードでは、あるキャラのファンが激減してしまっていた。

わたしはこの魔法学園のあちこちを歩いてみた。実写なみにリアルな風景と化したわたしの推しゲーは、しかし、ところどころ崩れていた。

わたしが破壊した中庭あたりも、まだ直っていない……。

「なんとかならないかな」

そうつぶやきながら、わたしは寮の自室で眠りについた。


目が覚めた。

そこはニートの子供部屋だ。夕方の光は赤く、カラスが電柱に止まって鳴いている。

「戻ってきちゃった……こんなときに!」

わたしはスマホを見た。あの伝説的推しゲーアプリは、どうやらまだある。

「ガーデン先生……エリシャ……イオ……そうだ、あの生徒の名前イオだった。」

わたしは名残惜しげに色々見て回った。ふとメニュー欄を確認すると、主人公が変わっていた。

「あれ?男主人公のはずじゃ……エリノア?だれ?」

「恵里奈ー!恵里砂ー!晩ご飯冷めちゃうよ!」

1階から母の呼ぶ声。怒っているようだ。いつもなら急いで階段を降りていくところだ、が。

「まだ……戻るわけには行かない」

わたしは布団をかぶり直し、まだ眠い目と意識を閉ざした。


「エリノア、試験の日は近いぞ。これが最後になるかもわからんが……最後まで、楽しもうな」

魔法学園はリアルなそれではない。ゆえに、転校や成績引き継ぎの話などはないようだ。かわりに、先生は笑顔でそう言った。

「試験って?ああ、ボーナス用のイベント……」

「エリノアは大丈夫だろうな、オリジナル魔法も強いし」

「いや、イオ。わたしは……もっと上を目指す!」

「え?」

「わたしはダンジョンに潜るから、レアアイテムをたくさん準備して、できるだけ最高点をたたき出すから!」

「え?なにそれ、ダンジョン?」

「チート魔法のコードは掲示板で見たわ。あんた、天才ダンジョン職人になりなさい」

「え?」

わたしはチートコードの魔法を詠唱した。イオはたちまち表情を変え、高く飛んだ。校舎の屋上にて、高笑いしている。

「ふはははは、ダンジョン職人のおれが新しいダンジョンを生み出してやったぞ、これで、この学園を飲み込んでやる!」

「させない!わたしが学園を守る!」

「おまえの妹は預かった、返してほしくば最深部へ来い!」

「くっ……きっと邪悪な魔法使いに乗っ取られたのね、イオ……あなたもきっと助けるから!」

いや、邪悪な魔法使いはわたしだ。笑いそうになる。

それでも、こんなストーリーイベントでも作れば、すこしは盛り上がるだろう。

「そんな、ガーデン先生!」

「ふははは、魔王イオの手先として、わたしはよみがえった」

わたしのチート魔法で、だいたいのネームドNPCは役割を変えた。イベント内のみの操られ設定なので、あまり弱いラスボスでもないかぎり、不評は少ないだろうか。

まあ、このシリーズの全盛期のイベントの焼き直しのようなものだが。これですこしは延命してくれるかな……。少しだけ、ばれない程度の様々な他ゲーム要素や、思いつきのオリジナル要素を組み合わせてもいたが。

わたしはダンジョンと化した学園を攻略し、以前からの知り合いたちを元に戻していった。操られていたことになっていたので、もどしたはずでもまだキャラがおかしくなってないか、等確認しながら。

そして、あわれな同級生、いまは魔王のイオを倒した。設定上は、禁断魔法のせいにしたので、それを封印。学園上部にあらたな浮遊塔がうまれた。

「イオ、エリシャ、大丈夫だった?」

「なんともないさ。」

「お姉ちゃーん!」

わたしは笑った。いろんな意味で。

イベント用のスタッフロールが流れているが、まわりには見えていないようだ。


「はっ」

時計を見ると、すでに9時をまわっていた。

まだ開いたままのカーテンの向こうは、見慣れた夜景が広がっていた。コンビニや街灯の光がまぶしい。

「終わった……?」

わたしはスマホを見た。ゲームアプリを起動。

メニュー欄からステータスを見ると、以前からの男主人公に戻っていた。

「まさか、全部夢……?やっぱりエリノアは……あのイベントも……頑張ったのに」

そこへ、あらたな通知が届く。

『新イベント、期末試験とダンジョン魔王、開始……』

「あー!」

わたしはすぐさまそれを始める。エリノアとエリシャはイベント用の新キャラになっており、新しいイベントのために他キャラも様々な改変が加わっていた。

「変わってる!実装されたんだ!」

わたしはイベントを何回か遊んだ。主人公が強くなってきたら、レベルを新要素のアンロックに消費してまた遊んだ。

「面白いじゃん。懐かしい……これがジェスタリア魔法学園だ!」

わたしは夕飯も忘れ、一晩中遊び続けた。そして一生遊び続けた。

ジェスタリア魔法学園はそれから長くゲームアプリとして好評を博した。ガーデン先生もイオも、新キャラのエリノア・エリシャもずっとそのままだった。


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