花天月地【第45話 まだ空に月があるから】
七海ポルカ
第1話
小さな村ではこういった出店もない場所は多いが、ここはあった。
店の主人に聞くとこのあたりではここは北と南、そして東と西の良い通過地点になるので人通りは多いため、出店もあるのだという。
「南北に突っ切るにはこの街道が一番険しくなくて、商隊にも好まれてるんだ。
だから割と物流は盛んだよ。
このあたり詳しくない人は
あっちは山道が険しい」
徐庶は以前、自分が通った道の事を言っているのだと気付いた。
「何年か前、その西の山道を通って北に行ったことがあります。
確かに商隊が通るには厳しい斜面だった」
「そうだったのか。こっち通ればもっと楽だったのに」
前も来たという話が出た瞬間、店の主人が少しだけこちらに感情を開いたのが分かった。
「おや、そちらさんは……あんたの弟さんかな?」
振り返ると、遅れてやって来た
「あ……はい。そうです」
こっちおいでと手招くと陸議は歩いて来て、店の主人に一礼した。
「はは。お花背負って。可愛いねえ。山道疲れただろう。これおまけだよ」
「「えっ」」
徐庶と陸議が声を合わせて言うと、主人が林檎を二つ差し出して笑っている。
「あ、あの……まだなにも買っていませんが……」
「いいんだよ。いっぱい取れて余ってるくらいだから。無駄にしちゃいけない。
それにこういうのは早い者勝ちなんだ。
まだ向こうに出店が出てる。数日後にはこの村の物資を
これは断る方が失礼なやつだと思い、
「ありがとうございます」
二人で揃って頭を下げて礼を言うと、いいっていいって! と主人は明るく笑った。
「林檎もらったのかい? 良かったねえ。うちは焼きたての
ほら、味見で持って行きな! 焼きたての今が一番美味しいよ!」
隣に店を出していた女将が丸い
言った通りまだ温かい。
一気に両手がいっぱいになった陸議を見て、主人と女将が笑っている。
「それじゃゆっくり手に取りながら見れないねえ。
林檎はお兄さんが持っておあげ」
「あ、はい。私が持ちましょう」
徐庶が慌てて林檎を迎えに行った。
ありがとうございますともう一度挨拶をし、行こうかと二人で歩き出す。
「い、いただいてしまいました」
「もう冬支度は始まってるけど、確かにこのあたりはまだたくさん秋の食料が取れるみたいだね。
兄弟に間違われたけど、ここの人にそう見えたら否定しないで行こうか。
悪いけど、しばらく『
「はい。構いません」
「折角焼きたての麺麭だからね、そこの通りに入る所にある木陰でいただこうか」
はい、と頷きすぐそこにあった木陰に入る。
まだ温かい
そんなに大きな村に見えなかったのだが、山道に沿って奥に長く伸びていて、意外と中に入ると人も多いようだ。
大体は住んでいる者か、近くに村から来ているような軽装だったが、旅人のような姿もちらほら見えた。
東西南北の中継地というのは本当らしい。
麺麭をいただくと、別の通りの出店を見に行った。
木の枝や皮で作られた籠や、陶器もある。
色鮮やかな織物も多く、衣服は勿論、絨毯や、壁掛けなども多く織られていた。
冬に入り口に壁掛けを掛けておくだけでも、入ってくる冬の風が全然なくなるよと店の主人が熱心に話してくれる。
今は冬支度の時期なので首を覆う布や、手袋なども見られた。
陸議は江東から出たことがないので、大陸北部の冬は初めてだった。
特に涼州などは冷え込むらしいというが、どんな感じなのだろう。
冬の支度は魏軍も整えて来たが、新兵も多く、涼州の冬を経験していない兵が多い部隊だから心配だと賈詡も言っていた。
太めの糸で織られた手袋もあるが、皮で作られたものもある。
「革細工は乗馬用だよ。涼州は騎馬隊じゃなくても移動に馬は必須だから、老若男女誰でも馬に乗れる。乗馬用の装備は必須なんだ」
「革細工は温かそうですし、武器を持ったりするにもあまり邪魔にならなそうですね」
「どれか買ってみるかい? 調査費用は貰っているから興味があれば買っていいんだよ」
食料をいきなり頂いてしまった。少し何かを買いたいと思っていたので、陸議は「じゃあ手袋を買ってみます」と言った。
武器を持つ時に持ちやすいかどうかを確かめたかったので、革細工の手袋と、夜中まで私塾の課題を考えながら筆を走らせていた
「色んな色がありますね」
「全部涼州の植物で染めた糸の色だよ」
店の主人が教えてくれる。
「春と夏の間に花や果実を採って乾燥させておいて、短い夏の晴れの間に一気に染め上げるんだ。
村で染め物をみんなでする日を決めて、その日は色とりどりの布や糸が家先に飾られて綺麗なんだよ」
「そうなのですか。風物詩なのですね」
「この前は春と夏に来たけど、それは知らなかった。
一度見てみたいね」
徐庶が見てみたいと言ってくれたので陸議は嬉しかった。
「はい」
微笑んでから、あまり目立たないが、色が綺麗な深緑の手袋にすることにした。
模様が入っている。
不思議な動物だ。
牛のような胴だが、角が丸く羊のようで、虎の顔のように見える。
「【
「とうてつ……」
「古の時代に大陸の西を支配していたという、霊獣だ。
人や動物、木々や岩に至るまで何でも食べる霊獣で、その意味が転じて災厄も食べてくれる魔除けの意味合いも持っているんだよ」
「よく知ってるねえ、お兄さん」
店の主人が感心したように言って、丁寧に二つの手袋を布に包んでくれた。
「いえ……そういう話が好きな友人がいて、教えて貰ったことがあったから」
「確かに【
「珍しいですから、きっと
礼を言って、店から離れる。
「
空気も思ってたよりずっと長閑だ」
「そうですね。
「……軽く涼州騎馬隊の話を聞いてみようか」
別の店に行ったところで、
「軍馬になるようなのは全て涼州騎馬隊が管理してるから、もっと北方の地に行かないと買えないよ。
涼州騎馬隊にとっては
その中から生きのいい駿馬を自分で見つけて、軍馬に育てるしかないんじゃないかな。
ああでも……」
店の主人は思いついたように言った。
「
あの人の書簡かなんかがあれば、特別に軍馬を仕入れてくれる商人はいるかもしれないね」
「馬超将軍……」
陸議が呟くと花を背負ったその姿に、店の主人は絆されたように笑顔を見せた。
「
「そうさ。涼州じゃ、知らない人はいない豪傑だよ」
「馬一族の影響力はやはり強いのですね」
「その名はね。特別だよ。
だけど実際の支配と言うとどうかな……
他の土地もほとんど
「そうなのですか」
「でもこのあたりはあまり韓遂様の影響力はないんだよ。
臨洮から北は強いけど。
ほら【
韓遂様はどっちも警戒してるから、全然臨洮以南には涼州騎馬隊は来なくなったんだよ。
ここも随分蜀からの商隊なんかも増えてる。
【定軍山】が陥落するようなことがあれば、一気にこのあたりまで蜀の支配になるんじゃないかな?
俺達としては、そういう時に
馬超殿と
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