お兄ちゃんのおひざ

休日の午後。リビングには穏やかな空気が流れている。


ソファに座る智希の隣で、私は何気ない会話を楽しんでいた。


「ねえ、今日の晩ごはん何にする?」


「んー、何が食べたい?」


「お兄ちゃんの作るオムライスがいい!」


「またか。好きだな」


「だって、おいしいもん!」


そんな他愛のない会話を交わしながらも、私の心はそわそわしていた。なぜなら、今日叶えたい願いがあったからだ。


私はそっとノートを思い出す。そこにはこう書かれていた。


――『お兄ちゃんのおひざに座る』


書いたときは軽い気持ちだった。でも、いざ実行しようとすると、緊張してしまう。ドキドキしながら、意を決して口を開いた。


「ねえ、お兄ちゃん」


「ん?」


「あの……おひざに座ってもいい?」


唐突なお願いに、智希は一瞬驚いた顔をする。


「……は?」


「だから、おひざに座りたいの」


「なんで?」


当然の疑問だ。


私は少し考えて、いたずらっぽく笑った。


「この前、お兄ちゃん、私にほっぺにキスしたでしょ? だから、その仕返し!」


すると、智希は苦笑しながら肩をすくめた。


「なんだよ、それ……」


「いいでしょ? ほら、ちょっとだけ!」


私は遠慮なく智希の膝の上に座った。


「うわ、ほんとに座った……」


「えへへ……」


私……お兄ちゃんのおひざに座ってる……。


こんな大胆なことしちゃうなんて、私、どうしちゃったんだろう……。


徐々に恥ずかしい気持ちが強くなってくる。心臓がドキドキして、顔が熱くなる。


すると、智希が少し意地悪そうに聞いてきた。


「で? 座り心地はどう?」


「……悪くない、かも」


「そりゃよかった」


からかわれているとわかっているのに、心の奥では嬉しさが溢れてしまう。


そのとき、不意に、後ろからぎゅっと抱きしめられた。


「っ!」


突然のことに、全身がびくっと震えた。心臓が一気に跳ね上がる。


「仕返しの仕返し」


耳元で囁かれる声に、ますます鼓動が速くなった。


「な、なんで抱きしめるの……?」


「有紗が俺の膝に座ったから」


「意味わかんない……」


そう言いつつも、嬉しくて仕方ない。ずっとこのままでいたいと思ってしまう。


でも、それ以上に、この気持ちを伝えたくなった。


お兄ちゃん……私、好き……。


心の中で呟く。でも、後ろ向きのままじゃダメだ。ちゃんと向き合って言わないと。


「ねえ、お兄ちゃん」


「ん?」


「お兄ちゃんの方、向いて座ってもいい?」


智希は少し驚いたようだったが、「いいよ」とあっさり了承した。


私は向きを変え、智希の方を向いてひざに座った。至近距離で目が合う。


ち、近い……。


なんだかいけないことをしている気持ちになってきた。


でも……。


言おう……今こそ。


そう決意したものの、いざとなると言葉が出てこない。心臓の音がうるさいくらい響く。


……無理。恥ずかしすぎる。


結局、私はごまかすように笑って、すっと膝の上から降りた。


「やっぱりやめとく!」


「なんだよ、それ」


智希は呆れたように言ったが、どこか名残惜しそうだった。


もう少し勇気があれば……。


でも、今日はこれでいい。また次のチャンスがあるはずだから。




自分の部屋に戻ると、私はベッドの上にごろんと横になり、クッションをぎゅっと抱きしめた。


「はぁ……どうしよう……」


心臓はまだドキドキしている。


お兄ちゃんのおひざに座って、抱きしめられて……もう、どうしようもなく好き。


この気持ち、伝えたらどうなるんだろう?


もしかして、喜んでくれる? それとも、距離を置かれる?


考えるだけで不安と期待が入り混じる。だけど、このまま何もしなかったら、きっと後悔する。


私は、お兄ちゃんが好き。


はっきりと自分の気持ちを確信した。


この想いを、ちゃんと伝えよう。


ゆっくりと決意する。


お兄ちゃん、私の想いを受け止めてくれるかな――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る