第6話 ネットの海は魔王の書斎より雑多で使えない

 ​ザルタンとの遭遇という、珍妙極まりない出来事の後。


 剛と芽の夕食は、いつも通りの愚痴と沈黙の中で進んでいた。剛は冷めてしまったチキン南蛮弁当を淡々と胃に収め、芽は先ほどケンタからもらった高級アイスを吟味している。


 ​だが、芽の頭の中は、先ほどの「魔王軍同窓会」という冗談でいっぱいだった。


(拷問官がエステティシャン……。じゃあ、他の連中はどうなってるわけ? 例えば、あの見栄っ張りな宮廷魔術師は、インチキな手品師にでもなってるのかしら?)


 ​その思考が、閃きに変わる。


 芽はスプーンを置くと、自室のゲーミングチェアに滑り込み、超高速でキーボードを叩き始めた。その指の動きは、かつて魔導書を解読していた時よりも速いかもしれない。


​「何をしている」


 剛が訝しげに尋ねる。


「決まってるでしょ。他の残党を探すのよ。この『インターネット』とかいう、広大だけどゴミだらけの海の中からね」 


「……くだらん。見つけてどうする」


「決まってるじゃない! 愚痴仲間を増やすのよ! あんた一人の愚痴じゃ、レパートリーが少なすぎて飽きたわ!」


 ​芽は悪態をつきながらも、その目は真剣だった。彼女は魔王軍時代に培った情報解析能力をフルに活用する。検索するのは、ありふれた人名ではない。異常な現象、常識外れのスキル、現代日本の片隅で報告される、小さな「バグ」のようなニュースだ。


​『江東区の公園で、素手でカラスを手懐ける謎の老人』

『多摩地区で、熊に遭遇するも説教して追い返した女性ハイカー』

『池袋で、あまりにリアルな幻術で通行人を驚かせるストリートマジシャン』


​「このネットとかいうやつ、魔王の書斎に眠る戯言の山より、雑多で使えないわね! ノイズが多すぎる!」


 ​芽が愚痴をこぼした、その時だった。ある一つのウェブサイトが、彼女の目に留まった。


​『出張マジックで笑顔をお届け! マジカルプリンス☆ホシノの不思議ワールド!』


 ​子供の誕生日会や地域のイベントに、マジシャンを派遣するという、ありふれたサイトだ。だが、そこに掲載されている「お客様の声」が、芽の注意を引いた。


​『ホシノさんのマジックは本当にすごかったです! ただ、鳩を出すマジックで、出てきたのが鳩じゃない、ちょっとトサカの生えた変な鳥だったので、息子が少し怖がっていました』

『シャボン玉がキラキラ光る魔法は、本当に綺麗でした! でも、一つだけいつまでも割れないシャボン玉があって、不思議でした』

『最後の炎のマジックは迫力満点! ……ただ、少しだけ会場のカーテンが焦げました』


​「……ホシノ。星……。この見栄っ張りで、微妙にコントロールが甘い魔法の痕跡……」


 ​芽の脳裏に、一人の男の顔が浮かぶ。金髪の巻き毛を気にしたようにかきあげ、常に芝居がかった口調で話す、あのナルシスト。


​「……まさか、宮廷魔術師コート・ウィザードのアストロ!?」


 ​芽は勝利を確信し、椅子を回転させて剛に向き直った。


「ゴズ! 見つけたわよ! あんたの二人目の同窓会メンバー!」


「……誰だ」


「アストロよ! 間違いないわ! 江東区で子供相手に『マジカルプリンス』とか名乗って、インチキ手品師やってるわよ!」


 ​その報告に、剛はチキン南蛮の最後の一口を飲み込むと、心底どうでもよさそうに答えた。


​「アストロだと? ……奴の火球ファイアボールは、肝心な時にいつも不発だったな。子供を騙すくらいが、奴にはお似合いだろう」


「でしょ? 絶対、今の生活に山ほど愚痴が溜まってるはずよ! これは面白くなってきたわ!」


 ​芽は再びPCに向き直り、今度は「マジカルプリンス☆ホシノ」の連絡先を探し始めた。その瞳は、新たな玩具を見つけた子供のように輝いている。


 ​剛は、空になった弁当の容器をゴミ袋に捨てながら、今日何度目か分からない深いため息をついた。


​「……チキンがすっかり冷めてしまった。これも全部、ザルタンのせいだ」


 ​元拷問官との再会が、平穏だった(?)はずの日常に、新たな波乱の予兆を運んできた。


 その中心で、元参謀は楽しそうに笑い、元師団長はただ、夕食が冷めたことへの理不尽な愚痴をこぼすだけだった。

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