第27話 影との邂逅

 宵闇が天文台の跡地を包み込んでいた。

 突然、父から届いたメッセージに記された場所――郊外の丘にひっそりと佇む忘れられた天文台。

 季節外れの寒気に陽の息が白く靄となって夜気に溶けていく。


「本当に来るのか?」零が身を屈め、低い声で尋ねた。

「わからない。でも、僕は信じたい」

 陽は目を閉じ、「真実顕現」を発動させる。視界の端にかすかな青い光が見えた。

「あそこだ」


 4人は青い光の方向――細い獣道を通って木立の奥へと進んだ。やがて木々が途切れ、小さな広場に出た。月が雲間から顔を出し、銀色の光が降り注ぐ。その中央に1人の男が立っていた。

 陽の鼓動が跳ねた。父だ。

 黒いマントに身を包み、顔は金と銀の装飾が施された仮面で隠されている。「影帝」の姿のままの父。


「来たな、陽」

 深い声が静寂を破った。

「父さん……」陽の声は震えていた。


 影帝はゆっくりと仮面を外し、月明かりの下で顔を現した。陽の記憶よりだいぶ年老いた顔。短く刻み込んだ黒髪に灰色が混じり、鋭い琥珀色の瞳――陽と同じ色――は、月光を反射して妖しく輝いていた。顔の左側には以前なかった古い傷跡が、白い線となって残されていた。

「侵食点で会った以来だな」


「本当に……父さんが影帝なんだね」

「ああ」理人は静かに頷いた。「改めて説明すべきことは山ほどある。そして、謝るべきことも」

「父さんが謝ることなんて……」陽は一歩踏み出した。

 しかし、理人は手を上げて陽の接近を制した。

「まずは話を聞いてほしい」


 理人は7年前、評議会の不正を知り、家族を守るために姿を消したことを語り始めた。

「評議会、特に蒼月はその秘密を守るために何でもする。彼らに逆らえば、私だけでなく、家族までもが危険に晒される。だから私は『影帝』となり、表向きは侵食者として評議会に対抗する道を選んだ」

「でも、なぜ侵食者に?」零が尋ねた。

「公表すればよかったのでは……」

「無駄だ」理人は首を振った。「評議会は影学園だけでなく、現実世界の権力者にも浸透している。彼らには証拠を隠滅し、私を黙らせる力があった」

 彼は左頬の傷痕に触れた。

「これは、その代償だ」


「そして何より」理人の声が沈んだ。「彼らはお前を脅迫の道具にしようとした」

「僕を?」

「ああ。お前が生まれた時から、私はお前に『真実顕現』の素質があると感じていた。評議会がそれを知れば……お前を『素材』にしようとした。境界結晶の」

「だから私は姿を消した。表向きは失踪し、『影帝』として評議会に対抗しながら、お前の力を封印して隠すことにした」


「他の侵食者たちは?」葵が静かに尋ねた。

「彼らも同じ目的なんですか?」

「最初は数人の賛同者だけだった」理人は説明した。「御影蓮、白河ミユキ、碧水カイト……彼らは皆、評議会の被害者だ。だが、時が経つにつれ、組織は大きくなり……純粋な破壊を目指す者も加わった」

「あなたの意に反して?」

「ああ」理人は苦々しげに認めた。

「力には力が引き寄せられる。中には評議会への復讐だけを望む者もいた」

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