第28話 永久境界と父の覚悟

「先日の大規模な侵食点は……」陽が思い出したように言った。

「あれは父さんの指示ではなかった」

「ああ、だが彼らでもない」理人の表情が暗くなった。「それは評議会の工作だ。私の組織に潜り込んだスパイが仕掛けたものだろう」

「評議会のスパイ?」零は驚いたように身を乗り出した。

「なぜ彼ら自身が侵食点を?」

「混乱を生み出し、境界委員会の力を押さえ込むため」理人は冷静に分析した。「そして……陽の『真実顕現』を手に入れるためだ」


 陽は空気が凍りつくような寒気を感じた。

「蒼月が僕に興味を持っているのは、そのためなの?」

「警戒しろ。彼はすでに動き始めている。今回の会合も、おそらく監視されている」

「いや、もう少し話しておくべきことがある」理人は陽の目をまっすぐ見た。「お前の『真実顕現』は、私の『真偽操作』の源流だ。今、それはどこまで進化した?」

「色だけでなく、形も見えるようになった。人と人を繋ぐ糸のようなものが見える」


 理人は満足げに頷いた。

「次の段階に進んでいる。最終的には、真実の強制が可能になるだろう」

「真実の強制?」

「嘘を言えなくさせる力だ。そして、それこそが評議会の幻術『永久境界』を打ち破る唯一の手段になる」

「永久境界?」

「評議会が計画する大規模な幻術だ。現実世界と影の世界を完全に統合し、支配下に置くものだ。その準備のために、彼らは若者から結晶を抽出し続けてきた。特に『共鳴増幅』のような稀少な能力は、彼らにとっては最高の素材となる」

「だからこそ、君を守らなければならない」理人は奏に優しい視線を向けた。


 陽は言葉を失っていた。評議会の計画の規模と恐ろしさに圧倒されていた。

「父さん」陽が口を開いた。「僕たちは何をすればいい?」

「今は警戒し、力を蓄えることだ。そして、時が来たら……一緒に戦おう」


 陽は、父の姿に違和感を覚えた。月明かりに照らされた父の顔には、疲労の色が濃く出ている。

「父さん、もしかして体が……大丈夫なの?」

 理人の表情が一瞬だけ動揺を見せた。

「心配するな。『真偽操作』を長年使い続けた代償は大きいが、今は問題ない」

 陽の「真実顕現」が捉えた父の言葉の周りには、青い光と共に紫の靄が混じっていた。完全な嘘ではないが、真実のすべてでもない。


「僕も戦う」陽は立ち上がり、決意を固めた。「母さんのためにも、犠牲になった人たちのためにも」

 月が再び雲間から姿を現し、父子の顔を照らした。理人の目に涙が光る。

「お前が立派に育ってくれて……嬉しい」


 突然、広場の外れの木立が不自然に揺れた。

「誰かが近づいている」零が一瞬で戦闘態勢に入った。

「時間がない」理人は急いで言った。「これを」

 彼は小さな結晶を陽に手渡した。青と白が混ざり合ったそれは、かすかに脈動していた。

「父さんの『真偽操作』の力の一部だ。危機の時に使え。だが一度きりしか使えない」


「さあ、行け」理人は仮面をつけ、再び「影帝」に戻った。「また会おう」

「父さん!」

 陽はまだ言いたいことがあった。

 しかし「影帝」は咳き込み、一瞬体を折り曲げた。その姿に陽は衝撃を受けた。何かが父の体を蝕んでいるのは明らかだった。

 すぐに「影帝」は姿勢を立て直し、両手を広げ、「行け!」と命じた。

 零が陽の腕を掴んだ。

「撤退するぞ!」

 4人は急いで広場を後にした。振り返ると、影帝の姿は黒い霧となって夜空に溶けていった。

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