第49話 犯罪奴隷、盗み聞く

 お嬢が辺境伯様に俺たちをどう思うかを聞かれている。

 辺境伯様の使用人たちに着せ替えられた上質な服(『くじ引き』で出てきた服の方が質は良さそうだった)紺の髪の上で光りに踊るようにも見える赤いまだらを生かすように結われたリボン。


「ジェフと、メイリーン?」


 お嬢が香草茶のコップを両手で包み持ちながら小首を傾げる。


「無罪が証明されて奴隷身分から解放されるの?」


 聞かれた理由が気になったらしく、まず有り得ない結論をお嬢は口にする。


「せっかく仲良くなれてきたのに」


「愉快な説を立てるね。聖女様は。神殿で神と王の名において刑が執行されたからね。今の陛下の統治下では彼らの無罪が証明されるのは難しいだろうね。だから、学舎を卒業するまでは少なくとも彼らは聖女様の所有物だとも」


「ふぅん。そうなんだ」


 興味なさそうにも聞こえるお嬢の声にはなれることを希望されているような気がしてすこし傷つく。


「気に入らないのかい?」


「二人のことは好き。だって、ほんとうに悪いことするようには見えないから。だって犯罪奴隷って悪いことしたヒトなんでしょう?」


 辺境伯様がすこし沈黙の後、お嬢の頭に手をおく。


「国と神の名においての刑罰であるからね。そのような意思は表に出してはいけないよ。そして彼らが罪なきように見えるのは過去を覚えてはいないからだ。正しいであろう人も条件が揃えば罪人になり得る。私も、もちろん聖女アンシア、君も。どうか、忘れないでほしい」


 すこし考えるような沈黙をおいてお嬢の「はい」という答えが聞こえる。


「いい子だ」


 辺境伯様の声が柔らかいものに変わる。


「もし、私が守れなくなったらどうするかね?」


「え? うーん。ジェフとメイリーンは?」


「もちろんなしだね」


「じゃあ迷宮の町に行く。人の出入りが多いから。それですこし時間を稼いでから他の国に行くかどうか考えるの! って、これりょーしゅ様に内緒にしなきゃダメなヤツでは?」


 クリクリと頭を揺らすお嬢に辺境伯様が笑う。


「違いない。ただ現状味方でいたいと考えているよ。君は間違いなく我らノグル領の救い手。まごうことなく水の聖女への恩を仇で返すようなことはしたくない」


「んー。難しいことわかんなーい」


 お嬢がぷくりと頬を膨らませている。

 辺境伯様は苦笑しながら「すまないね」と謝っている。


「でもねー」


「ん?」


「ジェフとメイリーンはわたしのだよ」


 辺境伯様の手からすり抜けてくるりと回ったお嬢がふわっと笑う。


「ああ、そうだね」


「うん。あのふたりの罪は知らない。でも、わたしはわたしが咎人の主人なのは知ってるもの。あのね。りょーしゅ様。わたしとふたりの命は繋がっているんだもの!」


 ゾッとした。

 にこにこ笑いながら言うお嬢の契約の理解に。

 同時に本能がお嬢の言葉に『嘘がない』と警鐘を鳴らす。

 俺がお嬢の命の枷になり得る? 有り得ることだ。


「だからね。あのふたりはわたしのなの」


 お嬢が辺境伯様に対して主張する。

 すこし考えたようだけれど、納得したように頷き、「そうだね。その前提で力になろう」と返してくださる。


「りょーしゅ様には美味しい物や面白い物いっぱい贈りますね! 馬肉美味しかったですか?」


「バニクオイシカッタ……アレ食用だったのかい?」


 一般的には非常時に食うゲテモノ扱いですよね。だから俺も美味しくて驚きました。


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