第47話 犯罪奴隷、おはなしをきく
お嬢が話すのは巡回中にお世話をしてくれた子守りのおばさんが語る寝物語の昔話。
モノはよく聞く『さまよう森の魔物』という旅する木の魔物のおはなし。
幻獣の息吹と魔力の凝りが森の木に意志と動く力を与えてうまれた魔物のおはなし。
おはなしの流れにはいくつか種類はあるが概ね人を害することのない魔物であるという前提が存在している。
急に現れた森では数日間木を切ってはならない。
急に現れた森では土を掘ってはならない。
急に現れた森では暴れてはいけない。
急に現れた森で水を求められたならそれを叶えなければならない。
いくつかの決まり事があるためにそれなりに語られているのだ。実際に彷徨う森の魔物に出会った対策として。
お嬢は朝テントから出たら目の前が森だったのを「すっごーい!」とはしゃいで俺らにかつて語られたおはなしを語ってみせたという流れである。
ちらりとまわりを見れば兵士たちが慌てていない様子で実は慣れているということが知れる。次の村への道を確認に走っている者が二人、周囲を確認している者が二人。朝食準備している者が二人だろうか。
森に喰われた兵士はいないようだと安堵する。
「おはようございます。聖女様。さまよう森が追いついてきましたよ」
兵士がにこにことお嬢に向けて不思議なことを言う。
「おはようございます! 追いついて?」
「ええ! 普段は三日遅れぐらいで追いかけてきているんですがコドハンでの滞在がすこし長かったですからね」
不思議そうなお嬢に兵士たちが『あたり前のこと』とばかりに説明する。
「しかもコドハンが水を外部にほとんど流さないモノだからコドハンの外壁をさまよう森に殴られたらしいですよ!」
軽やかな笑いと共に兵士が説明を足す。
それはコドハンが魔物に襲われたということでは?
「壁、大丈夫だったの?」
「ヒビが入ったそうですので修繕となったようです。役所管理分で流れる水は流れてたのですが、神殿管理と商議会管理の部分で堰き止め循環してたようで」
「ま。水を流すことでさまよう森も落ち着いたようですから聖女様もお気になさらず」
「そうなの?」
「そうですよ。さまよう森の一部が霊峰の森に流れたという目撃談もありましたが、それはコドハン、幻獣との付き合いにはなれてるでしょうしね」
「そうなんだ!」
ひと安心とばかりにお嬢が笑う。
役所と冒険者ギルドの連中はわかっていると思うが、神殿と商会の連中はどうなんだろうなぁ。
兵士たちがお嬢に「そうですよ。さまよう森も聖女様のお水が大好きなんですから」と教えてお嬢が嬉しそうに「そうなんだー」と言いながら水をあたりに撒いてみている。
「お嬢さま、あんまりお水を撒き過ぎると閉じ込められちゃいますよ」
メイリーンが注意する。
「え。それは困るのー。おうちに帰るんだもん」
ざわりと風が吹いて枝がしなっていた。
枝がしなって風が吹いたのかもしれない。
「はじめまして。さまよう森さん。朝からすてきな景色をありがとう。お水は提供するからちゃーんと出してね」
お願いをするお嬢の姿に兵士たちがにこにこしている。
さまよう森はお嬢の三日後を追いかけてきているのだからお嬢の行動を邪魔するはずがないという信頼がある。
むしろ、忠告していただろうに無視したのであろうコドハンの対応に『ザマぁみろ』と言わんばかりである。
ただ、問題は避難民もコドハンには多いのが悩ましいところだろうな。
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