第40話 犯罪奴隷、走る
「レベル十おめでとうアンシーちゃん!」
「ありがとう。シーアちゃん」
祝福されて嬉しそうに照れてみせるお嬢。
「レベル十まで上がってなにか変わった?」
「え。そうだねぇ。魔力は増えたと思う。あと『レベル壱』の一階層魔物の体当たりはあんまり痛くないって思う」
「おお。すごいね。でも当たっちゃってるとダメージ蓄積しちゃうぞ」
実際、お嬢の身体能力はかなり向上したと思われる。
「気をつける。あとねー。ボタンつけはうまくなったと思うの」
「んー? 刺繍とか?」
「ううん。まっすぐ縫うかボタンをつけるかだけしかやってない」
お嬢の用意する布は柔らかく薄いのに織り目は密だ。
そして針も糸も細い。十分すごい。
メイリーンは細い針に細い糸をまだ通し慣れないと嘆いている。
ただぶ厚い獣皮を縫うには弱いようで使えないがあの細さと精度はいいなと思う。
鍛治師に見せれば「道具から準備する必要がある」と帰された。
「じゃあ、コドハンの『レベル壱』迷宮は出入り自由よ! で、小銭稼げる迷宮教えてあげるから、シュナッツ少年は迷宮への申請代つくんなさいよ」
お嬢の迷宮カードに『コドハンレベル壱解禁』と記載して、少年に縁があったから贔屓してあげると褒められたことではない事を言い放って不敵に笑う受付嬢シーアをうちのお嬢が『カッコいい』と言わんばかりのキラキラした憧れの眼差しでみつめている。
できれば真似して欲しくないところである。
「申請代稼げたら、『棒麺』っぽい魔導食材がとれる迷宮を教えてあげてもいいわよ。わたしも食べたいから賄賂は忘れずにね」
「汚ねぇ! わかったよ! 稼げばいいんだろ。稼げば! 調理場は確保しとけよ!?」
「まーかーせーなーさーい。職権濫用上等よ!」
ひと気がないからって盛り上がりすぎである。
『棒麺』はお嬢のくじ引きで出てくる食材だ。『ラーメン』『うどん』『スパゲッティ』それに『そば』『ソーメン』と結構種類があった。主に素材は麦粉のようだった。
「茹でるだけなんだけどな」
少年が苦笑いしている。
水がまだまだ貴重な今では茹でた後の残り湯を破棄する調理法は使いにくいだろうから降雨量が増えるといいな。
「料理は苦手なのよ」
それに茹でる時間も随分と違ったと思う。
短時間過ぎるとまだ柔らかくなってなかったり、長過ぎるとイマイチだったりと難しい。
「慣れだと思うけどな」
「ザルを作るのに良い材料があるといいねぇ」
お嬢が楽しそうに言う。
茹でた麺を一度湯から出すことをするんだが、お嬢はくじ引きで出た水切りザルで鍋の中を泳ぐ麺を掬いあげようとしたところ、危なっかしいので代わった。
茹でた麺を水ですすぐと「麺がシマル」と少年が表現していた。茹で過ぎているとそうはいかないんだが。
雑談をしつつ管理局から出ると昼下がりの風は水気を含んでいて長く感じていなかった雨の気配があった。
霊峰から流れてきた黒雲は歩き出した俺らを追うように迫ってくる。
屋台の店主や薄暗さを怪訝に思ったらしい近所の住人たちが出てきて黒雲をぽかんと見あげている。
じとりと絡んでくる湿度で膝がじくりといたむ。
「お嬢、走りますから抱き上げますね」
走りはじめて家にたどり着くまでにぽつりと身に当たった雫はやまない雨になった。
「すっごーい! 雨だぁ!!」
お嬢が声をあげる。
雨音に簡単にかき消される声を。
雨音をかき消すような歓声が聞こえる。
「雨だ」「雨だ」と声が聞こえる。往来に出てはしゃぐ人影が増える。
「雨だな」
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