死に方の願書

奈良まさや

第1話

第一章:死に方相談会


「進路相談じゃなくて、死に方相談って……マジかよ」


中学3年の佐藤陽太は、廊下の掲示板に張り出された「死に方相談会」のお知らせを眺めながらつぶやいた。4月から始まった新学期。他の学校でも進路相談が行われる時期に、この学校では毎年恒例の「死に方相談会」が開催される。


「へえ、陽太くんはどんな死に方を希望するの?」


後ろから声をかけてきたのは同級生の前田美咲だった。彼女はいつもの明るい笑顔で陽太を見つめている。


「そんなの考えたこともねーよ……普通だろ」


「普通って何?心臓病?癌?老衰?」


美咲が当たり前のように言葉を並べる。


「お前、けっこうやばいな」


美咲は小さく肩をすくめた。


「だって、日本人なら誰でも通る道じゃない。小学校で書く『将来の夢』より大事かもよ。だから国が義務化したんでしょ」


「なんで中学3年なんだよ……」


陽太は首を傾げた。


「それはね」


クラスの優等生・青木健が割り込んできた。


「この年代が一番純粋に死と向き合えるからだって、先生が言ってた。高校生になると反抗期で適当に書くし、大人は現実的すぎて想像力が薄れるんだって」


陽太はため息をついた。


「どうせ形だけの儀式だろ……」


-----


死に方相談会は、生徒と担任と親の三者面談形式で行われた。陽太の担任は山田先生。40代半ばの国語教師だ。


「では佐藤君、何か考えはありますか?」


陽太は黙ったまま椅子に座っていた。向かい側には母親の優子が少し緊張した面持ちで座っている。


「あの……陽太は普段からあまり死について考えないタイプで……」


優子が気まずそうに話し始めた。


山田先生は穏やかな表情でうなずいた。


「それは全く問題ありません。むしろ健全ですよ。ただ、この相談会は私たち日本人全員が通過する重要な儀式です。私も中学3年の時に経験しましたよ」


「先生はどんな死に方を選んだんですか?」


陽太が少し興味を示した。


山田先生は懐かしそうに笑った。


「私は『平和活動中の銃撃による死』を選びました。理想に燃える若者でしたね」


「え、でも先生、まだ生きてますよね?」


陽太が混乱した様子で言った。


「ああ、願書はあくまで『希望』です。必ずしも通るわけではありません。ただ、不思議と願いに近づく効力はあるんですよ。私も大学時代、紛争地域でのボランティアに参加しました。銃撃はされませんでしたが、その経験が教師になる道を示してくれました」


陽太は考え込んだ。


「じゃあ……老衰で」


山田先生は少し首を傾げた。


「老衰は天国神社の管轄ですが、倍率が非常に高いんですよ。昨年は3000人の申請に対して300人しか承認されませんでした。生前の行いも厳しく審査されます」


「え、そんなに競争率高いんですか?」


優子が驚いた様子で聞いた。


「ええ。実は私の同級生で、老衰希望が通った人がいたんですが……」


山田先生は少し表情を曇らせた。


「50代でアルツハイマーを発症してしまいました。本人は穏やかに最期を迎えましたが、家族は15年間介護に追われました。老衰も一筋縄ではいかないんです」


「なんだよ、そんなことまでチェックしてんのかよ……」


陽太は顔をしかめた。


山田先生はファイルをめくりながら続けた。


「地獄神社の方が承認率は高いです。興味深いことに、我々の化学教師・佐々木先生は地獄神社で『早期癌による死』を申請しました」


「え、佐々木先生が?」


陽太は目を丸くした。いつも厳しい佐々木先生は生徒たちに恐れられている存在だった。


「そう。余命半年と診断されて、『君たちが卒業するまで持たなくて、ごめんな』と言っていました。今は最後に会いたい人を訪ねて回っているそうです。彼は『生徒のために厳しくあった時間は価値があった』と晴れやかな顔で言っていましたよ」


山田先生は少し笑いを堪えながら続けた。


「他にも私の知り合いなんですが、『政治家になって汚職もするけど日本のために泥臭く働いて、最後は暗殺される』って書いた子がいたんです。彼は本当に政治家になって、汚職も働いたけど、結局は単なる流れ弾で死んだんですよ。暗殺されるほどの『覚悟』が足りなかったんでしょうね」


陽太は窓の外を眺めながら、小さく息をついた。こんな相談、意味があるのだろうか。


-----


「俺、『高層ビルからの転落死』にした」


放課後、親友の鈴木拓が陽太に言った。


「マジかよ……それって地獄神社行きじゃん」


「ああ、でもさ、俺には向いてると思うんだ。地獄神社の方が自由らしいし」


拓は昔から問題児と言われていた。授業中に騒ぎ、たまに喧嘩もする。でも根は悪くない奴だと陽太は知っている。


「お前の親は何て言ってたんだ?」


「ま、泣いてたけどな……」


拓は少し俯いた。


「でも俺、正直に生きたいんだよ。天国神社に嘘ついて入るより、地獄神社で本音で生きる方がいいじゃん」


陽太は友人の言葉に何も返せなかった。


第二章:様々な選択


翌日の昼休み、教室はみんなの「死に方」で持ちきりだった。


「私、難病にしたよ〜」


クラスの人気者・田中さくらが声高に言う。


「20代で綺麗なまま死にたいって書いた。若くして死ぬのは悲しいけど、みんなに惜しまれながら逝きたいじゃない?」


「それって、なんかすごい自己中じゃない?」


横から美咲が言った。


「若くして死んだら、残された家族はものすごく悲しむよ。私は家族に迷惑かけないように、孫の顔を見た後で静かに眠るように死ぬって書いた」


「え〜、それじゃつまんなくない?」


さくらが笑う。


「美咲って本当、良い子ちゃんだよね〜」


「でも難病って、承認率低いらしいよ」


別の生徒が言った。


「5年前に卒業した先輩で、難病希望したのに普通に交通事故で死んじゃった人いるって聞いた」


「ほら見て!」


美咲が得意げに言った。


「やっぱり現実的じゃないとダメなんだよ」


教室の隅では、いつも一人でいる岡村リョウが静かに本を読んでいた。


「岡村くんはどうしたの?」


美咲が声をかける。


リョウは無表情で顔を上げた。


「自殺」


教室が一瞬静まり返った。


「え……それって……」


「問題ないよ。地獄神社だけど、先生も親も了承した」


リョウの冷静な声に、クラスメイトたちは言葉を失った。


「俺は『刺殺される』にしたよ」


クラスの片隅から、青木健の声が聞こえた。彼はクラスで一番頭が良く、穏やかな性格で人望も厚い。


「は?青木がそんな……嘘だろ?」


陽太が驚いて声を上げた。


青木は微笑んだ。


「嘘じゃないよ。具体的には『私のために死んで』って言われて刺されるの」


「え……なにそれ……」


「ロマンチックだと思わない?誰かの身代わりになれるなんて、素敵じゃない?」


青木の目は輝いていた。


「それに、地獄神社にしたかったんだ。天国神社じゃ面白くないから」


みんなは青木の意外な選択に驚きの声を上げた。

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