第23話 この世界の魔法
朝、目が覚めるとアイゼルは出掛ける支度をしていた。
私、昨日はアイゼルの部屋で……。
私は思い出して赤面した。
あんなに抱き合ったりキスしたりしたのは初めてで、最高に幸せだった。
もっとアイゼルを感じたいと思って、アイゼルを抱きしめて、幸せな気分で眠りについて……。
……。
……あれ?
あれから私、寝てしまった……。
昨夜の事を思い出している私に、アイゼルがキスする。
「あの、私……」
「どうしても行かないと行けない。戻って来たら楽しみにしてるよ」
アイゼルに言われて、ますます赤面する私。
部屋から出るとギリアムがいた。
「おはようございます。クレア様」
いつものように挨拶されてただけだけど、自分がどう返事したのかも覚えていない。
いつもと変わらないけど、ギリアムの顔に何か含みがあるような気がした。
アイゼルに連れられて自室に戻ると、部屋に入る前にアイゼルがまた私にキスして戻って行く。
名残惜しい気持ちで後ろ姿を見送るとすぐにアイゼルが戻ってくる。
「君は……!」
抱きしめられてキスされて、もうずっとこのままでいたい。
幸せすぎてアイゼルを抱きしめていると、部屋の中でミアがニッコリ微笑んでいた。
「なにもなかったのよ!」
アイゼルが去った後に言うが、ミアはとても信じてくれなかった。
目の前であんな事してたんだから説得力はないけど、本当なのに!
説明してやっと納得したミアは呆れていた。
「アイゼル様は出掛けてしまうそうですから、綺麗にしてお見送りしましょう」
と言われて、気合を入れて玄関ホールに行く。
出掛ける支度をしているアイゼル達がいた。
いつもなら窓の外に出掛けているアイゼルの後ろ姿を見送りながら、無事を祈りながらも気まずい夫婦の暮らしが中断される事を嬉しくも思った。
振り返ってくれないアイゼルに寂しさと、近づけない自分の勇気のなさに後悔を抱えて。
今日はアイゼルが私を抱きしめてくれた。
「綺麗で置いて行きたくないよ」
そう、ささやく。
胸が切なさで締め付けられる。
みんなが驚く様子を感じたけれど、私もアイゼルに抱きついた。
「気をつけて下さいね」
そう言ってキスする。
夫婦なんだもの、これくらい当然よね?
でも、今までの事を考えると大胆すぎる気がした。
これ以上に夕べ何があったかを証明する行動はない気がした。
いえ、何もなかったのに!
でもやっと心から帰って来てくれる事を願って送り出せる。
そんな安堵が自然と顔を綻ばせる。
けれど、寂しさはいつもの何倍にも膨らんでいた。
ポロポロと涙が流れてくる。
アイゼルはそんな私を呆れず抱きしめてくれる。
「すぐ帰ってくるよ。この城なら安全だから大丈夫」
そう言ってキスするとアイゼルは出かけて行った。
アイゼルは以前のように振り返らなかった。
ただ、私も以前のようには見送れない。
さっきまで触れていたアイゼルの温もりが消えてるしまった事が辛すぎる。
◆◇◆
私はいつものように食事をして自室やターニアの様子を見たりして過ごした。
ただ、とても落ち着かなかった。
もうアイゼルに会いたくてたまらなくなっていた。
ターニアは目が覚めていて、寝返りを打ってはニコニコと笑顔を見せて機嫌が良さそうだった。
「もうすぐ立ってもおかしくないんですけどね」
と誰かが言った。
ちょうど様子を見に来ていたマーシャルが
「ここにくる間はずっと抱っこで移動していたので、落ち着いて立つ練習も出来なかったんです」
と言っていた。
私はターニアが立つ所はアイゼと見れたら嬉しいと思った。
アリシアに会える時まで、ターニアの事をうんと見ていたい。
ルークは夜中にもターニアの護衛の当番があるらしく、ちょうど休息に向かうところだった。
マーシャルとちょうど一緒に廊下を歩いて消えて行く。
今朝、私とアイゼルもああいうふうに並んで歩いていたのかしら?
アイゼルに似たルークとマーシャルの、お似合いの二人をうっとり眺めると、キスの感触が蘇ってくる。
ただ、手を唇に当てた。
何を見てもアイゼルが恋しくなり、このままではいけないと思う。
アイゼルの気持ちを確認して、私との未来を望んでくれている事はとても嬉しいけど、私とアイゼルの物語はこのまま進む事が約束されているわけではないのだ。
私自身がこの物語をアイゼルと私の物語に変えないといけない。
その為には、私の転生者としての記憶が大事になる。
物語を全て思い出し、本当ならアイゼルとマーシャルが乗り越えた試練を、私自身が乗り越える準備をしなければ行けない。
まずは物語の内容を思い出さないといけないんだけど……。
夢を見て思い出す事もあると思うけど、確実に見れるものではないらしいので期待できない。
これまでで夢見る以外で思い出したのは、マーシャルの話を聞いたり、本来の物語に触れた時と、情報が繋がって本来の物語が見えた時だ。
人に話を聞く事と、図書室でこの世界の事を学ぶ事で思い出せるんじゃないだろうか?
もう日がくれようとしていたが、私は城砦内の図書室に急いだ。
アイゼルがいない間に、図書室にはよく来たがどんな本を読んでいただろう?
自分が転生者だと思い出す前に、この世界の知識について、本から学んだ事があった気がするのに思い出せない。
城砦の図書室は私の住んでいた所で一番大きな都市の図書館に比べたら小さかったが、辺境の城砦の図書室にしてはなかなかの蔵書があった。
子供の頃からここが拠点だったアイゼルが持ち込んだのだろう。
兄や弟を助けたいと言っていた小さなアイゼルの姿が浮かんだ。
以前の私も小さなアイゼルが本を好きだった事を思い出して懐かしく思い出したけれど、今の私にはもっと悲痛なアイゼルの姿が浮かぶ。
以前の私は、懐かしい精霊の本を見つけても、どうして私に冷たいのか? 疑問の方が多く手に取る事が怖かった。
今、精霊の本を見つけ手に取る。
この中に大切な人を守るヒントがある気がした。
小さなアイゼルの軌跡をなぞってみようと思った。
自室に本を持ち帰り読んだ。
6歳の子供には難しい本だった。
今の私でも全部を理解するのは難しかった。
物語の展開上で重要な事が書かれているかもしれないけれど、この本から見つけるのは効率が悪そうだった。
それでも目次や基本的なこの世界の魔法の事を学び直すのには役に立った。
頭を無理矢理にでも使う行為が、アイゼルの思い出に熱くなる心を鎮めてくれる。
ヒロインのマーシャルは魔石を使うオートマタの技師でこの世界の魔法がこの物語には深く関わっていた筈だ。
私が理解しておく事は大事だろう。
——昔、神と四大精霊が世界にはいた。
人間は彼ら精霊から魔力を頂き生活していた。
しかし人間の数が増えると、与えられる魔力だけでは足りないと人間が神と精霊達を滅ぼし、彼らの持っていた魔力は世界に均等に散らばっていった。
人々は空気や物に宿る魔力を使い魔法を使っていたが、信仰の力でより強力な魔法を生み出したのが教会である。
自然からより多くの魔力を引き出す方法を生み出して、方法を学んだ者を司祭やシスターと呼んで教会を建てた。
教会は僅かな材料から人間を作り、作られたホムンクルスは人々の生活を助ける奴隷として重宝された。
強い魔力を使う司祭やシスター、魔力がなくとも使えるホムンクルスの影響で、自然に使えるものも多かった魔法がいつの間にか教会のものになっていく。
しかし、教会以外の人々の生活は困窮して行く。
そこで台頭して来たのが、特別魔力が溜まりやすい宝石を媒体に魔法を使う勢力である。
中でも、特に宝石に魔力を貯めるのが上手い者がいつの間にか帝国を築き教会をも飲み込んでいた。
帝国内に教会は勢力を失いつつもまだ絶大な権力を持って存在していた。
その理由は、治癒魔法の存在が大きい。
薬を持って病を癒す、薬師も存在するが効果は殆ど感じないほどゆっくり効く。
医師も存在するが、怪我の手当が上手い程度で、根本的な治癒は出来なかった。
教会では魔法というものがなくなる事もあると感じており帝国の支援を受けて懸命に研究している。
治癒魔法は怪我や病気を一瞬で治す事も出来る。ただし、本人の生命力を無理矢理引き出すやり方であり、後の副作用も大きいのでゆっくり治して行くのが主流。本人の生命力がない場合は治す事が出来ない。
ホムンクルスを生贄に治す事も出来るが、ホムンクルスが貴重なので余程のお金持ちだけが受けられる特権になっている——。
ここまで読む。
ルークは教会で治療を受けたと言うけど、どれくらいの怪我だったんだろう?
教会のシスターも会いたがっていたし、明日にでも連れて行こうかしら?
話を聞くのも重要な手掛かりになるし。
何か物語の内容を思う出せるかもしれない。
話を聞いて情報を集めるのが、当面の私の目的になるだろう。
そう考えて今日は眠りについた。
夢にアイゼルが出てきて、せっかく本で覚えた知識を忘れてしまうくらい甘い夢を見せた。
アイゼルが帰ってくるのが待ち遠しい。
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