第22話 アイゼルの告白

 夜になるまで私は暇だった。

 今夜のアイゼルの話がどうなるのか? 明日からまた城を留守にすると言うのは本当なのか?

 気になる事がたくさんあったけれど、アイゼルの事を考えるとキュッと胸が締め付けられるような気がした。


 アイゼルは私を愛してると言った。

 キスされて……!


 かぁーっと身体も熱くなる。

 もっとキスして、抱きしめて欲しいって気持ちが強くなり、自分が恥ずかしくなる。


 こんな時は教会に行こうと思った。


 司祭様とシスターだけの小さな教会で、普通はどの教会にもいる下働きをするホムンクルスもいなかった。

 心を落ち着けるのにはいい場所で、アイゼルがいない時などは無事を祈ってよく通ったのだった。


 扉をくぐると、

「クレア様。アイゼル様が城砦にいらっしゃるのに珍しい」

 とシスターに向かい入れられた。


 司祭様とシスターのみの教会の割には大きな精霊像が祀られている。

 司祭様にも挨拶して精霊に祈りを捧げると心が落ち着いてくる。


 シスターが帰り際に話しかけてくる。

「何だか城では大変な事が起こっていたようでクレア様の事を心配だったんですが、その様子だと大丈夫そうですね」


 ターニアの事を言ってるのだろう。

 アイゼルの隠し子を育てるなんて、普通に考えたら私の心労も溜まっているだろう。

 けれど、浮き立つ気持ちを鎮める私の姿にシスターにはバレバレなのだろう。

 シスターはミアと似た人種なのだ。


「アイゼル様が素直になられて良かった」

 とシスターが呟く。

「え?」


「城の中でアイゼル様を昔から知っている者たちはずっと心配していたのですよ」

 そうだったのだろうか?

 私に近寄りがたいという雰囲気の者たちが遠巻きにこちらを見ている様子が思い浮かぶ。


 私自身がこの城砦で受け入れられていない気がして、俯いて自室に逃げるように移動する。

 継母に嫌われていた私は実家の屋敷でもそんな風に暮らしていた。


 自分自身で身につけた卑屈さが城砦の者たちを遠ざけていたのかもしれない。

 アイゼルに愛されて、少し周りが見えてきたような気がした。


「所で」

 とシスターが話題を変える。

「私も少しだけお見かけしましたが、マーシャルさんとルークさん、素敵なお二人ですね。ここまで大変な旅でしたでしょうから、一度、治癒魔法をかけますので、来ていただけるようにクレア様からもお二人にお話しくださいね」


 ミアと同じく恋バナ好きのシスターの興味本位である事は分かったけど、治癒魔法は必要だと思った。

「伝えておきますね」

 そう言って教会を後にする。


 アイゼルに呼ばれたのは夕食が済んだ所だった。


 夕食は食堂でとるが、アイゼルは城にほとんどおらず、居ても自室に篭ることが多く、私が一人で食事をするのが常だった。

 滅多にない事だったけれど、お客様がいらっしゃる時はアイゼルと一緒に食事をしたが、とても気が詰まった。


 私とアイゼルの不仲を知っていたグレンの前では遠慮せさてもらい、いつも食事は自室で取っていた。


 最近は悩んでいたりと自室で取っていたが、今日はもしかしたらアイゼルと楽しい食事が出来るかもしれないと食堂に来たのだが、やはり一人の食事になっていた。


 食事の後でアイゼルの所へ行く。

 アイゼルの部屋はいつも通りに生活感がなかった。


「食事はどうされたの?」

 とアイゼルに聞くと、隣の執務室で摂ったそうだ。


「明日からまた出掛けられるそうですが、そんなにお仕事が忙しいんですか?」

「ああ、ターニアの事も調べなくてはならないからね」


「帝都にも行くんですか?」

「いや、私は帝都には行けない。事情を話そう……」

 アイゼルは私にしっかり向き合うと椅子に座らせて、テーブルを挟んだ向かいに座った。


「私は君が言うとおり、皇帝陛下の弟だ」

 アイゼルが単刀直入に言う。


「私が6歳の頃、今の皇帝陛下の父、私の父でもあるが、その時の皇帝陛下の暗殺未遂事件が起こった。オートマタの仕業だと思われていたが、父はそうは思わなかった。皇帝の血脈を絶やそうとする者がいる。そう感じた父は三人の息子のうちの一人を死んだ事にして逃したんだ」


 そう、現皇帝陛下には弟が二人いて双子だったけれど、一人は小さな頃に亡くなっている。


「双子だった皇子のうち一人は病弱で、病弱な皇子が亡くなった事にされて、辺境伯の子供としてこの地で暮らす事になったんだ」

 それがアイゼルだった。


「皇帝の血を繋ぐために逃がされて、いつ命を狙われてもおかしくないままに生きて来た」


「でも、亡くなったのは双子の弟君の方ではありませんでしたか?」

 小さなアイゼルは弟を助けたいと言っていた。


「そうだ、亡くなったのは病弱だった弟だとされたけど、本当の弟はまだ帝都で生きてる」

 そうだった。


 急に皇子が亡くなっては怪しまれる。

 病弱な皇子なら死んでも大丈夫だからと、二人の皇子は入れ替えられたんだった。


「弟は自分が殺されて、僕として生きて行かなければならなくなった。生かされる為に僕は出て行ったけど、彼は死んでもいい存在として城に残されたんだ」


 それは、言わなくても分かる事だから。

 周りの者の行動が全て物語っている。


 だから、アイゼルはずっと苦しんでいたんだ。


 自分は死んだ事にされても守られるのに、死んでもいいと、殺されてもいいと残された弟の事を——。


「ただ、君と子供の頃に約束した事が支えだったんだ。皇子だと気づかれないように誰とも親しくならなくていいように、人から悪く思われるのは好都合だった。でも、君に嫌われるかもしれないのが気がかりで、だから、君と婚約する為に色々と手を尽くした。婚約して、やっと会えた時は嬉しかった!」


 グレンが婚約の事を私に伝えにきてくれた事。

アイゼルも必死で会いたいと思ってくれていたんだ。


 あの結婚式で再会した時のアイゼルの最初の微笑みは本物だったんだ。


「私もずっと忘れた事はありません。心配だったけれど、悪い噂を信じた事はありません。ずっと大好きなアイゼルだったから」


 私達は見つめ合い、熱いものが身体から込み上げてくる。

 手を伸ばし触れたい。


 でも、ここで話を終わらせるわけにはいかない。


「でも? どうして急に私を無視したんですか?」


 本当に唐突だった。

 再会してアイゼルの笑顔を見た後に、もうすでにアイゼルが笑いかけてくれる事はなかった。


 アイゼルは苦しそうに答える。


「私の命が狙われていると言うことは、結婚した君の命も狙われると言う事に気付いたんだ」


「え!?」


「それまでは自分の命が狙われている事よりも、守られていることが苦しかったけれど、君を守らなくてはいけないと思った時に怖くなったんだ。誰か分からない敵に君も狙っているような気がして、君の母上が……」


 お母様……?


「いや、君に冷たくすると不安は消えてホッとした。だから、離婚して離れる事が君を守ることだと思ったけれど、結婚してしまったら皇帝の血を狙ってる以上は君の命は狙われ続ける。たとえ君に触れた事がなくても狙う奴らには分からないだろう。だから、この城に閉じ込めて命だけは守りたかったんだ。いや、それを口実に閉じ込めたかっただけだ……」


「アイゼル……」

 私は、アイゼルのこんな熱い思いに触れる事があるとは思っていなかった。


 アイゼルの身体が微かに震えている。


 お母様の名が出て、まだ何かを隠しているような気がするけど、アイゼルが私を失う恐怖を思い出して震えている。

 私を守る為だったのは本当なんだ。


「このままじゃいけないと思っていても、ただ君が側に居てくれるだけで嬉しかった」

 私は苦しそうに項垂れて懺悔するアイゼル様を抱きしめた。


「私も側に入れて嬉しかったです」

「許してくれるのか?」

 私は自分の事でアイゼルを悩ませた事が心苦しくなった。


 ただでさえアイゼルは、自分の出自と皇帝陛下や皇弟の事で悩んでいるのに、私の存在が余計に悩ませる事になったのだ。


 今に私は自分が転生者だと知ってアイゼルの事情を知ってるから、アイゼルの事を思いやれるようになったけれど、その前の自分はどうだったんだろう?


 アイゼルの事を好きってだけで、アイゼルの苦悩を思いやれただろうか?


 アイゼルとの思い出を振り返れば、何か深い事情がある事は分かったのに。


「許すとか、ない。私の事を思っていてくれただけで嬉しい。なのに気づかなくてごめんなさい」

 自然に私の目から涙が溢れた。


 私が居なければこんな悩ませる事は無かったのに。

 マーシャルがヒロインだったらアイゼルはこんな事で悩まなかったのに。


 私は側に居て良いんだろうか?

 私は物語だけではなくて、アイゼルにとっての邪魔者なんじゃないのだろうか?


「アイゼルにとって私は邪魔者だろうけど、ずっと側にいさせて欲しいの」

 アイゼルが私を抱きしめる。

 私はアイゼルから離れようとする。


「どうして?」

 とアイゼル。

「だって、私はこんなに長い間アイゼルを苦しめたんだもの。私が可哀想だったって今までの罪滅ぼしで一緒にいて欲しくないの。アイゼルはもっと素敵な人と一緒になれるもの」


「それは君も同じだよ。グレンは僕と同じ時から君が好きなんだ。君がグレンを選ぶならそれでもいいと思ってた。でも、ずっと僕を選んでくれていたんだろう? 嫉妬したけど、嬉しかった」


 グレン様が?

 二人はそんな話をしていたの?


 アイゼルに引き寄せられて強く抱きしめられる。


「いつか君を解放できる日がくると思っていたけれど、ターニアが現れて、夫婦として過ごさなければならなくなった。それをきっかけに君と近づこうとした情け無い僕を捨てて行くなら仕方ない。僕がずっと悪かったのだから。君を止める術はない。辛いけれど耐えるよ」


「ただ僕を好きなら、嘘はつかないで。何があっても離さない。僕は君と居られるだけで良いんだ、不安にさせてる僕が悪いけれど」


 アイゼルが私の顔に手を置いて私の顔をアイゼルに向かせた。

 私の顔が歪んで涙が激しく溢れた。


「嫌いだって言ってくれたらもう諦める」

 アイゼルが落ち着いた声で言う。


「言えない。アイゼルが不幸になってもいい、ずっと私といて欲しい。我儘だって分かってるけど」


「僕はクレアが居てくれれば絶対に不幸にならないよ」

 アイゼルが何度もキスしてくれた。


 とろけそうだった。

 私がギュッと強く抱きしめるとアイゼルは止めてしまう。


「アイゼル?」

「ダメだ。このままじゃ止められなくなる!」

 アイゼルは私が狙われないためにあえて触れ合わなかったと言っていた。


「今更、遅いでしょう。もう子供もいるんだもの」

 そう言って私からキスすると、諦めたようにアイゼルもキスし返した。


 この上なく幸せな気持ちでアイゼルの温かさを感じると、いつのまにか私は眠ってしまった。


 笑いながら自分が眠っているのを感じた。


 アイゼルは呆れたように微笑んで、私をベッドに運んでくれると、優しいキスをしてくれた。

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