第36話 小人たちの島
翌日、私たちはセリーヤ島に向かって出発した。
ジェイクは「他の場所も見て回らなくてもいいですか?」と言ったけれど、私は首を振った。
なんとなく、もう私ははっきりとマリーネの記憶を取り戻すことはないだろうし、彼女のような力を取り戻すことはないだろうというのがわかった。
だって、私は彼女のように自分の身を削りつづけてまで、天国へ行くために誰かを助け続けるなんてことはできないから。天国に行かなくたって、ジェイクや家族や屋敷のみんなと一緒に過ごしたいもの。自分のできる範囲で、目に見える人を助けたいとは思うけれど。だから、きっと、私がやれる範囲の力しか神様は使わせてくれないと思う。
――けれど、それはそれで構わないと思う。
「到着しましたよ」
帝国を離れて、エルシニアの方へ戻る途中の海上でジェイクは止まった。
「……ここ? 下は海だけれど」
私はクワトロの羽の隙間を覗き込んで首を傾げる。
下には青い海面が広がるばかり。
「セリーヤ島は目には見えないのです。一般の地図にも載っておりませんし」
ジェイクはクワトロを空中で旋回させはじめた。
「入り方にコツがあるのです」
ぐるぐると右に2回、左に3回、クワトロは大きく旋回すると、高く上の方向に飛びあがった。
「しっかり捕まっていてくださいね」
身体が海のある下に持って行かれそうになる。ちょっと、何で上に、と思っていたら、雲を突き抜けたところで、風景が変わった。
ザザ―と波の音が聞こえて、私たちは砂浜に着地していた。
「到着しました。ここがセリーヤ島です」
「上に、行ったのに?」
「そういう結界が張られているんですよ。昔と同じ入り方でよかった」
「入り方が変わっている可能性もあったのね」
しっかりしてそうに見えて、結構、ジェイクはわりと適当なところがあるのよね。
「でも、誰がそんな結界を……」
視線を動かすと、浜辺に私の腰丈ほどの小さな人々が集まってきた。
子どものように見えるけれど、よく見るとおじいさんやおばあさんもいる。
「小人?」
小さな人の姿の種族がいるというのは、本で読んだことはあるけれど、実際に目にするのは初めてだった。
「ここは小人たちの島なんですよ――突然の訪問失礼します。長老にお会いさせてもらえますか? 四枚羽の赤竜が来たとお伝えください」
そう言われた小人たちはひそひそと話し合うと、私たちを手招きした。
「お久しぶりです」
「久しぶりだ。ルーカス。この島の恩人よ。また会えるとは思っていなかったぞ」
「姿が変わったようだが、前世の記憶があるのか。また随分と背が高くなったな」
そういえば、全く同じことをフィンデール様に言われていたわね。
と私は思い出して少し笑ってしまった。
ジェイクも同じなのか、少し苦笑しつつ答えた。
「他の知り合いにも、同じことを言われました」
私は小人族の長老を見た。見たところ、若い男性に見える。
『長老』というには、随分お若いような。
「ルーカス」を知っているということは、かなり昔の方ではないのかしら?
「人は死ねばまた新しい体で新しく生まれ直すが、我々は皆、死んでもかつての記憶を持ってこの島にまた、島人として生まれる。ここは閉じた場所だからな」
私の疑問を汲み取るように長老は言った。
『魂は廻る』とフィンデール様も言っていた。
確かに、神様の教えでも、魂は輪廻を巡るけれど、善行を積めば天国に行けると、そういう教えだ。
「お前は島の恩人だ。ゆっくりしていけばいい。お前が使っていた家もきれいに残してあるよ。広いから集会所に使っていたが、滞在中使ってくれて構わない」
長老は快く私たちを招き入れてくれた。
***
島の中ほどに小人たちの集落があった。
「小さくて、かわいいお家がいっぱい」
思わず感動して周囲をぐるぐる見回す。
私の背丈ほどの高さの丸い形の家がたくさん建っている。
ジェイクは見知った場所のように、案内の小人さんと一緒にすたすたと進んでいく。
外れに、大きな家があった。
樹木の皮を編んで作られたテントのような一部屋は、温かみがあって居心地がいい。
急いで中を片付けてくれたのか、室内には何もなかった。
私は隅の床に座って壁によりかかると、ジェイクに話しかけた。
「すごく、歓迎してくれるのね。族長様、あなたのこと『恩人』っておっしゃってたじゃない?」
「かつて、この地に【魔界の門】が開きかけたときに、それを閉じるために来たのです」
「マリーネは一緒じゃなかったのね?」
「その際は私だけで来ましたね。小人は人を嫌うので。竜と同調している竜騎士は竜扱いなので、人に入らないようで島に入れてもらえまして」
ジェイクは懐かしそうに部屋を見回した。
「その際にしばらく滞在させてもらって、家も建ててもらったのです。まだ残っていてよかった。手入れもしてもらっていたようで。結界の影響で、天候も気候もずっと穏やかなので、劣化したりしないのかもしれません」
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