第11話 それだけは誓います(side ジェイク)

 意識をクワトロと同調させる。

 ぼんやりと竜の視界が目前に広がった。クワトロは今、お嬢様の牢の天井に張り付き、様子を見ているようだ。


 暗闇に灯りが灯っている。――誰かが牢を訪れているようだ。

 クワトロの耳で会話を拾った。


『貴女がひとりでやった、ということなら――ハウゼン家は廃爵になるでしょうけれど、一族皆さん処刑、ということにはならないと思うわ?』


 アリエッタ様!――マーティン様の婚約者の!

 そして、その後ろから姿を現したのは、お嬢様の婚約者であるオーウェン王子。


『エリス、僕のためにお兄様を殺そうとしてくれたんだって? ――ありがとう』


(オーウェン! お前か、お嬢様を陥れようとしているのは)


 私は怒りで歯を食いしばった。


「ジェイク! 状況が変わったとは、どういう……」


 旦那様が私の身体を揺さぶった。


「お待ちください! オーウェンとアリエッタが!」


 私はそう旦那様に言うと、クワトロの耳で聴きとった言葉をそのままジェイクの口から同時に伝えた。

 

『兄様の考えは僕には理解できなかった』


「『兄様』だと?」と旦那様の声。


「――オーウェン王子が、エリスと話しているのか?」

 

 私はこくりと頷き、会話の再現を続ける。


『何を言っているの……』


「――エリスが、オーウェン王子と話しているんだな?」と旦那様。私はまた頷く。


『亜人は僕らに従うべきなんだよ、エリス。魔物もどきが、僕たちと対等になろうなんてどうかしている』


『……そんな、ことで……』


『『そんなこと』ではないよエリス』


 『僕たちがどうして獣共と同じテーブルの食事を食べなきゃいけないんだ?国王にならなければ、国は変えられない。僕がこの国を、また昔のようなまともな人間のための国に直すんだ。僕を支持してくれる人たちはたくさんいる。サイモン公爵家もね』


『僕のために、お兄様を消してくれて、ありがとう、エリス』


 畳みかけるようにオーウェンとアリエッタがお嬢様に詰め寄った。


『ねえ、エリス、僕は君のお父様やお母様、それに可愛いディランを殺したいわけじゃないんだ』


『エリス、貴女がマーティン様のワインに毒を入れたのよね?』


 思った通り、ご家族のことを引き合いに出してきたな。

 お嬢様は、


『私が、やりました』


 私は意識を自分の身体に戻すと、机を殴りつけた。ばきっという音と共に拳が卓上にのめりこみ、痛みで理性が戻る。


「申し訳ございません!」


「構わん。それより――今の会話――オーウェン王子とアリエッタ様が背後にいたということか」


 旦那様は頭を抱えた。


「オーウェン王子があのようなことを陰で考えていたとは、私は全く気付かなかった。自分が情けない――」


「旦那様、そんなことをおしゃらずに」


 父さんが旦那様の肩をさすった。


「そうだな。そんなことを言っている場合ではない。これから、どうするか――」


 顔を上げて私を見た旦那様に言う。


「お嬢様に直接接触する機会があれば、その際にマリーネ様の名前で呼びかけてみたいのですが……。クワトロの身体では発語できませんので、生身で直接お嬢様と直接面会を自然にできる場があれば。力づくであれば、どうとでもできるのですが……そういうわけにも」


「公聴会が開かれるはずだ」


 旦那様ははっとした顔で私を見つめた。


「オーウェン王子は国王様や他貴族の面前で、エリスに罪を告白させ、公衆の面前で罪人として断罪するつもりだろう」


 私はぽん、と手を叩いた。


「その場でお嬢様の無実を証明できるのであれば、好都合ですよね」


「私が、マーティン王子をその場へ連れて参ります。もし、その場で記憶が戻らなければ、王子とお嬢様と旦那様ご一家を連れて避難いたします」


「ジェイク――」


「申し訳ないが、お前のことを頼っていいだろうか」


「もちろんです! 申し訳ないなどと、滅相もない!」


 私は旦那様に聞いた。


「マーティン様のご容態は、どのようなのでしょうか」


「回復術者を呼んで、命はつなぎとめているようだが、意識は戻らないそうだ」


「お嬢様が前世のお力を取り戻されるのであれば、死んでも数日なら蘇生ができるかとは思いますが」


 私は顔を上げた。


「しかし、完全にお力を取り戻されるかはわかりませんし、マーティン様が暗殺されないように、私がクワトロの身体で公聴会まで護衛いたしましょう」


「エリスは――エリスの様子も同時に見守ってもらうことはできるのか?」


 私は首を振った。


「両方は難しいです。申し訳ございません。――しかし、お嬢様は公聴会で『やった』と証言せねばなりません。それまでは安全を保たれるはずです」


 私は俯くと拳を握った。


「――それに、お嬢様はお強い方ですから」


 本当は一秒たりともお嬢様をあのような暗い地下牢に置いておきたくはない。

 自分の力不足が口惜しかった。


「そうだな。あの子は強い子だ」


 旦那様の言葉に「はい」と頷くと、再び意識をクワトロに戻した。


(お嬢様、しばらくご辛抱ください)


 暗闇で膝を抱えるお嬢様はどんな表情をしているのか気になり少し近づいたところで、お嬢様は私に気がついて顔を上げた。


「――1人きりじゃなかったのね」


 お嬢様は――私に向かって微笑んだ。

 その表情が、かつてのマリーネ様にあまりに似ていて、私は心臓が止まる様な気持ちになった。


「お水、飲む?」

 

 けれど水を勧めるその姿は――


『ジェイクも一緒にお茶にしたら』

『ジェイクも一緒に食べましょうよ』


 幼いころからやたらとお茶やらお菓子やらを自分に勧めてくるエリスお嬢様の姿で、私は物が二重に見えるような不思議な気持ちになった。


(お嬢様は、確かに、マリーネ様であったのだろうが、別の)


 今はそんなことを考えている場合ではない。

私はぶんぶんと頭を振ると、水を一口舐めてお嬢様に頭を下げた。


(あなたを一人きりにさせない。二度と。それだけは誓います)


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