第12話 「――それじゃあ、行ってきます」(side ジェイク)
それから私はマーティン王子の寝室にクワトロを待機させ、王子の警護に集中した。
厳重な警備のもと、王子の横では王が呼び寄せた王宮治癒士が交代しながら昼夜を問わず生命力を回復する魔法を使い、王子の生命維持を懸命に行っていた。王子の意識は依然として戻らず、魔法によって何とか命を維持しているような状態だった。
――身体の中枢機能が毒によって通常の回復魔法では修復が不可能なほどのダメージを受けているのだろう。このまま意識が戻らなければ、だんだんと生命維持魔法も受け付けなくなり、ゆっくりとではあるだろうが死に至ることは確実だった。
そのためか、あえて王子を暗殺しようとするような不穏な動きは見られなかった。
オーウェンとアリエッタは変なことをして怪しまれるよりは、このまま王子が消耗して死ぬのを待つつもりなのだろう。
「狡猾な屑め」
思わず自分自身の口で呟いた私の身体を、父さんが揺らした。
「ジェイク!」
「――父さん」
父さんは心配そうに私の顔を覗き込み、息を吐いた。
「大丈夫か。食事を持ってきた。母さんが心配しているぞ」
私はちらりと父さんの持ってきてくれたトレーを見つめた。
好物のサンドイッチが山のように盛られている。――母さんが心配して作ってくれたのだろう。
「はい。問題ありません。ありがとうございます」
「旦那様より、公聴会の日時が決まったと連絡があった」
「本当ですか! いつですか!?」
「――明日だ」
「家財は、いつでも発てるようにまとめてある」
お嬢様の記憶を取り戻す算段が失敗した時のために、父さんには夜逃げの準備をしていてもらった。どちらにせよ、使用人にはハウゼン家に何かあった場合はこの屋敷から出て行くように指示が出ている。うまくいかなければ旦那様ご一家含め使用人全員をいったん島まで運ぶつもりだ。
「ジェイク、明日のことだが、妻にもお前の話は伝えた」
旦那様と奥様が私と父さんを呼んだ。
「ジェイク、どうか、エリスのことを……!」
縋るように私の手を取った奥様の手は震えていた。
「もちろんです。今度こそ、お嬢様にはお幸せになっていただくのですから」
翌日、屋敷の玄関を強引に開けた衛兵は旦那様と奥様、お坊ちゃまを馬車に引き立てて行った。
「旦那様……」
「母さん、林檎のパイを焼いてもらっておいてくれますか」
そう心配そうに旦那様たちを見送る母さんに言うと、母さんは目を白黒させた。
「お嬢さまは母さんのパイが一番好きですから。お戻りになったら、まずゆっくりお風呂に入っていただいて、それからゆっくり甘い物でも召し上がっていただきたいので」
心配性の母さんは事細かに説明すると考えこんで倒れてしまいそうなので、事の詳細は伝えていない。父さんが母さんの肩をたたいた。
「心配するな。ジェイク、うまくいくように願ってるよ」
「――それじゃあ、父さん、母さん行ってきます」
そう言って私は旦那様たちとは別の道から城へ向かった。
城下町をくぐり、城の裏手に立つ。ちょろちょろと足元に赤い竜が近づいてきた。
「クワトロ、お疲れ様。あとひと仕事頼むよ」
そう言って竜の額に手をやると、クワトロは元の大型竜の大きさに戻った。
その背にまたがると、空中へ舞い上がった、
――お嬢様が連行されてから、3日が経っていた。
(お腹を空かせていらっしゃるだろうな)
王宮の遥か上から、下を眺めと、クワトロの視界と自分の視界を同調させた。
竜の目は望遠鏡のように遥か遠くまで見通すことができる。
玉座の間――国王が座るその場所へ、今まさにお嬢様が絨毯の上を歩いて向かっていくところだった。
「行こうか」
相棒の背を叩き、急降下する。
――まずは、マーティン様の確保だ。
王子のいる部屋の窓の外へクワトロを停めると、窓を拳で割って鍵を開け、室内に入った。
「何者――!」「きゃあああ」
部屋にいる治癒士と侍女が動く前に、窓際のベッドに横たえられた彼をシーツでくるんで担ぐと、再びクワトロの背に乗って飛び出した。
「竜が―――!」
侍女の叫び声を後ろに聞きながら、そのまま玉座の間へ降下した。
◇
――そして、現在。
「マリーネ様」
彼女の茶色い瞳を見つめながら、繰り返し、以前の名を呼び掛ける。
「私……?」
お嬢様はじっと私を見つめた。
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