契約のアクシオルム

@naniwax

プロローグ1:ただ目指す者たち



> 『門の書 第一節』──門啓教 経典より


「すべての命は、門へ至らんがために生を受く。

忘れようとも、目を塞ごうとも、魂は知っている。

その先にあるものこそ、始まりにして終わりなり。

ゆえに歩め、裸足のままに、罪を背負ってでも――」


---


空と大地の境界に、途方もない土の壁がそびえ立っている。


そこに穿たれた微細な亀裂から、ゆっくりと黒い泥が流れ出した。


その泥は、形を変えながら地を這い、やがて人の姿へと整えられていく。骨格をつくり、筋肉が這い、皮膚が覆い、目が開かれる。


呼吸が始まり、肺が膨らみ、鼓動が鳴った。


──それが、「誕生」だった。


アストレイン。

名は、誰にも告げられることなく、魂の底から自然と湧き出た。

彼は自らが“アストレイン”であることを理解していた。


そう、生まれたその瞬間から。


意識に流れ込んでくる情報があった。

この世界の名前――アクシオルム。

そしてこの世界を律する絶対のルール、“契約”の存在。

言語や「スキル」や「ポイント」といった力が本能に刷り込まれていた。


やがて、泥の皮膚は白く変わり、手足は感覚を得て、

小さな震えが全身を駆け抜ける。


アストレインは目を開き、正面に見える“それ”を見た。


遥か遠く、霞んだ空の地平に、まるで蜃気楼のように浮かぶ巨大な構造物。天を衝くようなその姿は、門だった。


形は不確かだ。

境界線はぼやけ、現実味のない存在だった。


だが、それは確かにあった。


目指さなければならない。

理解も、言葉も不要だった。ただ、そうするべきだという衝動があった。


周囲には同じように泥から生まれた人々が何人もいた。

彼らもまた同じ衝動に突き動かされ、ふらつく足で立ち上がり、門へ向かって歩き出す。


アストレインは走り出した。

心臓は早鐘のように鳴り、足元の荒野を蹴りながら、他の者たちを追い抜いていく。


だが、門へと続く荒野の先、森の影に潜む者たちの存在に、まだ彼は気づいていなかった。


──それは、“狩る者たち”だった。


松明の火が、漆黒の森に灯る。

叫び声、怒号、鉄が肉を裂く音。

壁から生まれた者たちの先行集団が、蹂躙されていた。


影の中から、一人の兵士がアストレインの前に現れる。

鋭い目つき、手にはショートソード。


腹部を狙って突きかかってきた。


アストレインは思わず飛び退く。

刃先はかすめ、皮膚に赤い線を刻んだ。


そして、反射的に拳を兵士の顔に突き出した。


だが──兵士は即座に後ろへ飛ぶ。

鋭い反応。拳は空を切り裂いただけだった。


地を蹴った兵士は着地しざま、叫んだ。


「スキル《炎刃(えんじん)》発動!」


次の瞬間──


その男の手に握られたショートソードが、音もなく変化する。

赤く輝き、まるで刀身が熱せられた鉄塊のように、波打つ炎を纏う。

その熱は周囲の空気を歪ませ、枯れ葉すら焦がすほどだった。


(……スキル。これが……)


アストレインは一歩後ずさり、無意識に“視た”。


──敵兵:ポイント【50,000】

──自分:ポイント【100,000】


目の前の情報が、思考に流れ込んでくる。


本能が告げていた。


《敵は危険だ。だが、倒せる。》


敵の刃が、炎をまとって振り上げられる。

殺意が、森を灼く。


敵は一歩、踏み出す。殺すために。喉元を切り裂くために。


だが。


その瞬間──アストレインの体が勝手に動いた。


(思い出した。俺にも──)


「スキル《身体強化》──発動」【-10,000ポイント】


熱が迸る。全身が軋みを上げながら力を宿す。

剣が迫る。だが、すでに視線は別の軌道を捉えていた。


一瞬の閃き。薄皮一枚で刃を避け、懐へ滑り込む。

そして──


拳を、腹に叩き込む。


「ぐぉっ……!」


兵士の体が、くの字に折れた。

肺から絞り出された空気が、焔の勢いを削ぐ。


そのまま、アストレインは崩れ落ちる兵士の首元へと足を振り上げ──

容赦なく、踵を叩きつけた。


ごきり、と乾いた音。


兵士は動かなくなった。


ポイント獲得:+50,000(敵兵の所持ポイントを完全取得)

結果、アストレインの現在ポイント:140,000


身体強化スキルの余韻はまだ残っていた。

門は遠く、戦場はまだ続く。


地を蹴りひたすらに森の奥へと進んでいく。


松明の灯りが見えなくなり

先ほどまでの薄闇が、完全な闇となって襲いかかる。


嫌な予感がした。


「ッ――ッ!?」

-1000ポイント


刹那、肩を裂くような衝撃。

次の瞬間には、鋭く冷たい痛みが左肩に突き刺さっていた。


矢だ。

しかもただの矢ではないようだ。


出血付与。

ポイント減少開始:138,900 → 138,800 → …


撃たれた方角の暗闇に目を凝らす。

何も見えない。


にもかかわらず、相手は見ていた。

アストレインの動きも、場所も、そして隙も――


再び、矢が飛ぶ。

ギリギリの反射で躱す。風が耳元を裂いた。


ポイント:130,700 → 130,000


止まらない出血。

意識の奥で、数値だけが冷たく減っていく。


アストレインは、一歩踏み出す。

相手の場所を、気配を、風の音から読み取る。

世界が漆黒の海のように揺れる中――


(……そこか)


地面を蹴った。低い姿勢を保ち敵の方角へと走る。

暗闇を裂き、拳を振るう。


弓兵が、低く呻いた。

喉元へ叩き込んだ拳に、確かな手応えがあった。


崩れる音。

骨が折れ、男の身体が二度と動かなくなる。


ポイント獲得:+40000

現在ポイント:170000


肩の矢を抜く。-1000ポイント


痛みが走るが、構わない。


血が流れる。

だが、彼は止まらない。


169000 → 168500 → …


どれだけ減ろうと――

それが自らの使命を阻む理由にはならない。




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