第11話:プログラムされた悪夢
「今だ!テレパシス・ジャマー、最大出力で展開!」
ニケの主力部隊が、完全に有効範囲内に入ったのを確信した瞬間、タカシは、精神の奥底で引き金を引いた。
彼の思考は、ブラックボックスを介して物理的な波動へと変換され、PSS「スペシャル」から、目に見えない静寂の津波となって放たれた。
周囲100mの空間が、量子通信の沈黙に支配される。
その瞬間、あれほど猛威を振るっていたニケの群れが、一斉に、ピタリとその動きを止めた。
まるで、映画のフィルムが突然停止したかのように。
ある機体は、まさに跳びかかろうとする躍動的な姿勢のまま、ある機体は、プラズマカッターを振り上げたまま、完全に静止した。
それは、戦場という名の混沌の中に、突如として現れた、不気味で、シュールな彫刻の森だった。
「いけぇっ!奴らはただの鉄屑だ!一機残らず、首を刎ねろ!」
ガルシアの咆哮が、生き残ったアイアンゴリラ隊のパイロットたちの闘志に火をつけた。
好機は、一瞬。
彼らは、この千載一遇のチャンスを逃さなかった。
ホバーユニットを全開にし、静止したニケの群れへと殺到する。
高周波ソードが、雷光のように閃き、ニケの頭部ユニットを次々と胴体から切り離していく。
金属が断ち切れる甲高い音と、スパークの散る音だけが、静まり返った谷間に響き渡った。
作戦は、成功したかに見えた。
味方に多大な犠牲を払いながらも、ついに勝利を掴んだのだ、と誰もが思った。
だが、彼らの本当の敵は、目の前の機械人形ではなかった。
遠く離れた安全な場所で、この戦場をチェス盤のように見下ろす、一人の天才の、冷徹な知性だった。
「なぜだ…?全機からの応答が、同時にロスト…?それも、このポイントで…そ、そうか、ジャマーか…!」
ユーラシア大陸のどこかに潜む、S.Yの移動コントロールセンター。
その内部で、天才科学者セルゲイ・ヤコブレフは、モニターに表示された異常なデータを見て、一瞬眉をひそめた。
だが、彼は即座に状況を看破すると、その唇に、狼のような不敵な笑みを浮かべた。
「面白い。惑星連合にも、私の思考を読める者がいたとはな。だが、君たちはチェスで言うところの、まだ二手先しか見えていない。ならば、こちらもプランB、いや、プランCで応えてやろう」
彼は、冷静な指さばきで、コンソールに新たなコマンドを打ち込んだ。
アイアンゴリラ隊が、最後のニケの首を落とし、束の間の勝利を確信した、まさにその瞬間だった。
異変は起こった。
動きを止めていたはずの、頭部のないニケの胴体が、再び一斉に動き出したのだ。
しかも、その動きは、先ほどまでの統率の取れた狩人のそれではない。
ただ、プログラムされた最後の命令を、忠実に実行するためだけの、機械的で、狂的な動きだった。
「馬鹿な!ジャミングは効いているはずだ!頭を落としたのに、なぜ動く!」
パイロットの一人が絶叫する。
S.Yは、この事態、つまり、テレパシス・ジャマーによる妨害を、予め想定していたのだ。
彼は、ジャミング空間に入る直前に、あらかじめ一定量の行動プログラムを、各ニケの独立したメモリーユニットにバッチ送信していた。
それは、「万が一、司令部との通信が途絶した場合、周囲の敵に対し、残された全エネルギーをもって自爆攻撃を敢行せよ」という、極めてシンプルな、そしてそれ故に恐ろしい最終命令だった。
ジャミング下では、遠隔操作による複雑な命令は実行できない。
だが、事前に記録された単純なプログラムを実行することは可能だったのだ。
不意を突かれたアイアンゴリラ隊は、なすすべもなかった。
頭部を失い、目標を識別する能力すら失ったニケの胴体が、ただ無差別に、至近距離で、その内蔵原子炉を暴走させ始めたのだ。
「退避しろ!全機退避!」
ガルシアの絶叫も、虚しかった。
次々と、ニケの胴体がまばゆい光と熱を放って爆発する。
至近距離での連鎖的な爆発は、アイアンゴリラ隊を飲み込み、その強固な装甲を溶解させ、内部のパイロットを蒸発させていった。
部隊の3分の1が、一瞬にして戦闘不能に陥った。
タカシは、自らが展開したジャマーという沈黙の聖域の中で、味方が、自らが止めたはずの敵によって蹂躙されていくのを、ただ見ていることしかできなかった。
それは、勝利の直後に訪れた、あまりにも残酷な悪夢だった。
敵は、死してなお、その牙を剥いてきたのだ。
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