第12話:悪魔のパターン

「落ち着け!パニックになるな!全て、敵の計算の内だ!」


通信回線が、爆発の衝撃とパイロットたちの絶望的な叫びで飽和する中、タカシは、自らの精神を鋼鉄の意志で律し、叫んだ。

それは、混乱する部隊を鎮めるための言葉であると同時に、今にも恐怖に飲み込まれそうになる、彼自身に言い聞かせるための言葉でもあった。



何という男だ、S.Y …セルゲイ・ヤコブレフ。


こちらの切り札を読み、その対策を講じ、さらにその裏をかく二手三手先の罠まで用意しておくとは。

これはもはや、兵器の性能比べではない。

純粋な知性の戦いだ。

そして今、自分たちは、その戦いで圧倒的に劣勢に立たされている。



「パターンを読め!プログラム動作なら、必ずパターンがあるはずだ!」


タカシは、再び叫んだ。


爆発を生き延びたニケの第二波が、新たな攻撃態勢を整えつつある。

その動きは、先ほどとは明らかに異なっていた。

リアルタイムでS.Yが操縦しているのなら、その動きは千変万化、予測は不可能だろう。

だが、これもまた、S.Yが事前に用意していた、第二段階の攻撃プログラムに沿った動きである可能性が高い。

ならば、そこには必ず、プログラムであるが故の、機械的な法則性、パターンが存在するはずだ。

それを見切ることさえできれば、活路は開ける。



「無茶を言うな、大尉!常人の10倍の反応速度で動き回る機械のパターンなんぞ、見切れるわけが…!」

ガルシアが、悪態をつきながら反論する。


彼の機体も、先ほどの爆発で左腕を失い、満身創痍だった。


彼の言うことは、もっともだった。

人間の脳が、スーパーコンピューターの思考速度についていけるはずがない。


だが、タカシは諦めなかった。


彼は、PSSの深層演算システムに、自らの意識をダイブさせた。

戦闘情報を客観的なデータとして処理するのではない。

センサーが捉える光、熱、音、そしてニケの動きの軌跡、その全てを、自らの感覚として、直接脳に叩き込む。

彼の脳内で、常人ならば一瞬で発狂するほどの膨大な情報が、凄まじい速度で繋がり、解析され、意味のある形を成していく。

ブラックボックスが、彼の脳の処理能力を、人間を超えた領域へと拡張させていた。




...見えた...




無数のノイズの中から、一本の、細いが確実な糸を手繰り寄せるように、タカシは、それを見つけ出した。

ごくわずかな、だが確実な、敵の行動パターンが。

S.Yが、緊急で、そしておそらくは遠隔で組んだであろう、攻撃プログラムの、わずかな「癖」のようなものが。



「その場から動け!全機、ホバーで常に微速移動を続けろ!同じ場所に一瞬たりとも留まるな!」

タカシの、確信に満ちた指示が、部隊全員の思考に直接響き渡った。



S.Yの第二段階プログラムは、こうだ。

リアルタイムでの目標補足が、ジャミングによって、あるいはデータ量の制限によって不可能なため、攻撃は常に、数瞬前の敵の位置情報、つまり「予測位置」に対して行われる。

それは、極めて高度な予測射撃ではあるが、逆に言えば、常に動き続けていさえすれば、理論上、その攻撃が直撃することはないのだ。



タカシの指示は、的確だった。


彼の言葉に従い、アイアンゴリラ隊は、被弾を避けながら、徐々に、しかし確実に、体勢を立て直していく。

ニケから放たれるプラズマや実体弾が、ほんの数メートル横を、あるいは頭上を、空しく通り過ぎていく。



だが、タカシには分かっていた。


これもまた、あくまで時間稼ぎに過ぎないということを。


S.Yほどの天才が、この欠陥に気づかないはずがない。

彼がプログラムを修正し、リアルタイムでの目標追尾ルーチンを組み込んでくる前に、この状況を打開する、次の一手を打たなければならない。


残された時間は、少ない。

タカシは、焼き切れそうな脳で、思考をさらに加速させた。


この絶望的なチェス盤の上で、逆転の一手、「チェックメイト」を告げるための、最後の一手を、探して。

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