第3話:裏切りの足音
一年後、プロジェクト・プロメテウスはその成果を結んだ。
地下研究施設の広大なドーム型格納庫の中央に、三体の異形の巨人が静かに佇んでいた。
それが、惑星連合の、いや、人類の運命を懸けて開発されたPSS(パワードスーツスペシャル)だった。
流線型のフォルムは生物的なしなやかさを感じさせ、その装甲は見る角度によって色合いを変える特殊なコーティングが施されている。
それは兵器というよりも、神話に登場する天使か悪魔を思わせる禍々しいまでの美しさを放っていた。
性能は、ペンフィールド博士の言葉を遥かに超えていた。
お披露目となる最終デモンストレーションで、PSS「スペシャル」は、仮想敵として用意された最新鋭のPS部隊を、文字通り子供扱いした。
PSの主力武器であるプラズマキャノン砲の灼熱の奔流は、PSSが展開した「電磁シールド」に触れた瞬間、霧散した。
パルスレーザーの光線は、「特殊装甲(鏡面加工)」に当たると、明後日の方向へと反射され、味方のPSを誤射する始末。
そして、PS部隊が最後の切り札として放った核融合反応を利用したロケット弾は、PSSが機体周囲に展開したマッハ流のエアをまとった強化電磁シールド、通称「スーパーシールド」によって、まるでボールのように軽々と弾き返された。
攻撃能力もまた、圧倒的だった。
PSSの「ロングプラズマキャノン砲」は、PSのそれの倍近い長さを持つ砲身から、さらに高密度に圧縮されたプラズマを発射し、PSの複合装甲を紙のように貫いた。
接近戦では、腕部から瞬間的に高圧エアを噴射して拳を加速させる「ジェットパンチ」が炸裂。
500トンという、戦艦の主砲にも匹敵する衝撃力は、PSを殴り飛ばし、くしゃくしゃの鉄屑に変えた。
デモンストレーションを監視していた大統領や軍上層部の誰もが、その完璧すぎる性能に言葉を失い、満足と、そして新たな畏怖に震えた。
これでクーデターの脅威は去った。
だが同時に、彼らは理解してしまった。
このPSSこそが、今や人類にとって最大の脅威となりうる存在であることを。
関係者がその成功に酔いしれた、まさにその夜だった。
事件は起こった。
厳重な警備網が敷かれていたはずの地下格納庫に、一本の暗号通信が入る。
「フクロウは巣立った。繰り返す、フクロウは巣立った」
翌朝、惑星連合は、建国以来最大の危機に震撼した。
完成したばかりのPSS、その試作3タイプ――性能が最も低い「スペシャル」、二番目の「スペシャル・リミテッド」、そして最高性能を誇る「スペシャル・デビルス」――のうち、封印されるはずだった「リミテッド」と「デビルス」が、何者かによってすり替えられ、持ち去られていたのだ。
格納庫に残されていたのは、「スペシャル」と、ダミーの機体だけだった。
幸いなことに、システムの核であり、再製造が不可能な「ブラックボックス」は、PSS本体とは別に保管されていたため無事だった。
しかし、最強の矛が二振りも、正体不明の敵の手に渡ったという事実は、連合政府を凍りつかせるには十分すぎるほどの衝撃だった。
一体誰が?何のために?内部犯行の可能性は濃厚だった。
疑心暗鬼が、政府と軍の中枢に蔓延し始めた。
ペンフィールド博士は、がらんとした格納庫で、一人立ち尽くしていた。
彼の顔からは血の気が失せ、その瞳は深い絶望に沈んでいた。
彼は自らを責めた。なぜ、気づかなかったのか。
数日前、研究室を訪れたある人物の、その目に宿る異様な光に。
祝福の言葉を述べながら、その実、PSSのデータを盗み見ていた、その冷たい視線に。
博士の脳裏に、かつての同僚であり、親友であり、そして最大の論敵であった男の顔が、悪夢のようにはっきりと浮かび上がっていた。
彼の裏切りを確信した時、ペンフィールド博士は、自らが開けてしまったパンドラの箱の底に、もはや希望など残されていないことを悟った。
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