第51話:スカーンの真実と変わらぬ関係
私は実に予想通りの展開に遭遇していた。
感情の迷宮の制御室を後にして数日が経った頃、例によってスカーンから「重要な話がある」と呼び出されたのである。場所はいつもの学院地下、彼の商売場所である。
しかし、今回はいつもと様子が違っていた。
怪しげな薬品や道具類は片付けられ、代わりに整然とした書類や資料が机の上に並んでいる。
「くくく、やっと来ましたね」とスカーンは相変わらずの笑みで迎えた。
「今度は何の用だ?」と私は警戒しながら尋ねた。
「もう君に売るものはありませんよ」とスカーンは肩をすくめた。
「代わりに、正体をお教えしましょう」
私は椅子に座った。「ついに白状する気になったのか」
「白状とは聞こえが悪いですね」とスカーンは苦笑いした。
「単に、隠す必要がなくなっただけです」
彼は机の引き出しから一枚の身分証明書を取り出した。
そこには「エルディア魔法学院 転生者評議会 相談員 スカーン・クロウ」と記されている。
「転生者評議会?」と私は眉をひそめた。
「そうです」とスカーンは身分証を仕舞った。
「正式な学院職員です。転生者の指導とケアを担当しています」
私は深い溜息をついた。「つまり、君の世話焼きは職務だったということか」
「まあ、そういうことになりますね」とスカーンは認めた。
「記憶増強薬の件も、魅力向上エッセンスの件も、全て君の成長を促すための指導でした」
「指導?」と私は反発した。
「あれのどこが指導だ。完全に迷惑だったぞ」
「くくく、でも結果的に成長したでしょう?」とスカーンは得意げに言った。
「薬に頼ることの危険性を身をもって学び、自分の力で問題を解決する術を身につけた」
確かにその通りである。
スカーンの「指導」により、私は多くのことを学んだ。しかし、それを素直に認めるのは癪である。
「なぜ最初から正体を明かさなかったのだ?」
「その方が効果的だからです」とスカーンは説明した。
「『先輩からの指導』だと分かっていたら、君は素直に聞かなかったでしょう?」
これも図星であった。確かに最初から「指導」だと分かっていたら、私は反発していただろう。
「しかし」と私は続けた。
「君の指導方法は随分と回りくどかったな」
「直接的な指導では、君のような性格の人間は成長しません」とスカーンは分析した。
「自分で悩み、自分で選択し、自分で失敗することでしか学べない」
「それで、わざと怪しげな商人を演じていたのか」
「そうです」とスカーンは頷いた。
「君が疑問を持ち、慎重に判断し、時には間違いを犯す。そのプロセス全体が教育なのです」
私は複雑な心境であった。確かにスカーンの言うことは正しい。しかし、騙されていたという事実は変わらない。
「君は先輩転生者だったのか?」と私は尋ねた。
「そうです」とスカーンは認めた。
「五年前に転生してきました。君と同じように、最初は戸惑いましたよ」
「君も薬に頼ったのか?」
「ええ」とスカーンは苦笑いした。
「『知識増強薬』というものを使って、大失敗しました。一週間ほど記憶が混乱して、大変でした」
私は親近感を覚えた。つまり、スカーンも私と同じような失敗を経験していたのか。
「それで転生者の指導を担当するようになったのか?」
「はい。同じ失敗を繰り返す後輩を見ていられなくて」とスカーンは説明した。
「でも、君は特に手強い生徒でした」
「手強い?」
「普通の転生者なら、もっと単純に引っかかるのですが」とスカーンは困った顔をした。
「君は常に疑問を持ち、分析し、理屈で考える。指導するのに苦労しました」
私は少し得意になった。「それは褒め言葉として受け取っておこう」
「まあ、君らしいですね」とスカーンは呆れたように言った。
その時、私は重要な疑問を思い出した。
「では、君の『君のためを思って』という発言は嘘だったのか?」
スカーンの表情が微妙に変わった。
「それは...」と彼は珍しく言葉に詰まった。
「職務だから心配していたわけではないのか?」
「くくく、そんなことはありませんよ」とスカーンは慌てて否定した。
「単に、君が見ていてイライラするだけです」
「今でも?」
「今でもです」とスカーンは即答した。
「真実を知ったからといって、君への印象は変わりません」
私は安堵した。つまり、スカーンの基本的な態度は変わらないということか。
「では、これからも余計な世話を焼き続けるのか?」
「もちろんです」とスカーンは当然のように答えた。
「君はまだまだ世話の焼けるやつですから」
「職務ではなく?」
「職務は職務、個人的な関心は個人的な関心です」とスカーンは区別した。
「君に対しては、両方ありますね」
私は複雑な気分であった。スカーンの正体が判明したにも関わらず、我々の関係は本質的に何も変わっていない。
「一つ確認したいことがある」と私は言った。
「何ですか?」
「君の『くくく』という笑い方は、演技だったのか?」
「これは地です」とスカーンは即答した。
「転生前からこの笑い方でした」
「そうか、それなら安心した」
「なぜですか?」
「君らしさが残っていると分かったからだ」と私は説明した。
「正体が判明しても、根本的な性格は変わらないということだろう?」
「その通りです」とスカーンは満足そうに頷いた。
「職業上の仮面を被っていても、本質は変わりません」
その日の帰り道、私は今日の出来事について考えていた。
スカーンの正体は確かに驚きであった。しかし、それ以上に印象的だったのは、真実を知った後も我々の関係が何も変わらなかったことである。
彼は相変わらず「くくく」と笑い、私を「イライラする奴」と評し、そして余計な世話を焼こうとする。
職務だからといって、その関心が偽物だったわけではない。むしろ、職務と個人的な感情が混在しているからこそ、複雑で面白い関係になっているのかもしれない。
翌日、食堂でマルクスにこの件を報告すると、彼は苦笑いした。
「なるほど、それでいつも君の動向を把握していたのか」
「そういうことになるな」
「でも、君の反応は相変わらずだったな」とマルクスは指摘した。
「真実を知っても、スカーンとの関係を変えようとしない」
「変える理由がないからな」と私は答えた。
「彼が職員だろうと商人だろうと、彼は彼だ」
「それが君らしいところだな」とマルクスは感心した。
その夕方、偶然廊下でスカーンと遭遇した時のことである。
「くくく、今日も勉強ですか?」と彼はいつものように声をかけてきた。
「そうだ。君は仕事か?」と私は返した。
「まあ、そんなところですね」とスカーンは曖昧に答えた。
「ところで、最近アリア嬢との関係に進展はありますか?」
「相変わらず余計な詮索をするな」と私は呆れた。
「くくく、これも職務の一環ですから」
「嘘をつけ。単に好奇心だろう」
「バレましたか」とスカーンは苦笑いした。
このやり取りを聞いていて、私は改めて確信した。スカーンとの関係は、正体が判明する前と何一つ変わっていない。
彼は相変わらず世話焼きで、余計な詮索をして、そして何だかんだ言いながら私のことを気にかけてくれる。
職務だろうと個人的な関心だろうと、その本質は変わらないのである。
つまるところ...真実など知ったところで、腐れ縁は腐れ縁のままなのである。
これが友情の本質かもしれない。表面的な事実より、積み重ねてきた関係の方がよほど重要なのだ。
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