第48話:魔王との哲学問答
私は実に前代未聞の状況に立たされていた。
転生者会議から三日後、学院の地下深くにある封印の間に我々七名は案内されたのである。
そこで、ついに「魔王ディアボロス」なる存在と対面することになったのだが、その展開は私の予想を遥かに超えるものであった。
封印の間は、古い石造りの円形空間で、中央に巨大な魔法陣が描かれている。天井は高く、壁には古代の文字が刻まれているが、なぜか照明は現代的な魔法ランプである。この微妙な不統一感が、既に違和感を醸し出していた。
「いよいよですね」と田村が緊張した声で呟いた。
「魔王との決戦...」
「本当に戦えるのでしょうか」と佐藤は不安そうであった。
私は冷静に周囲を観察していた。確かに魔法陣は複雑で古そうに見えるが、どこか作り物めいた印象を受ける。まるで舞台セットのようである。
その時、魔法陣の中央から黒い煙が立ち上がり、やがて巨大な影が現れた。
身長は優に三メートルを超え、漆黒のローブに身を包み、頭には角が生えている。まさに「魔王」の典型的なイメージそのものである。
「我が名はディアボロス!」と魔王は低い声で名乗った。
「長き封印より解放されし闇の王なり!」
転生者たちは皆、恐怖に震えている。しかし、私はむしろ興味深く思った。
あまりにも「魔王らしい」外見と台詞である。まるで誰かが「魔王とはこういうものだ」という固定観念に基づいて演じているかのようだ。
「汝ら異世界の勇者よ!」と魔王は続けた。
「我と戦い、この世界に平和をもたらすがよい!」
他の転生者たちは身構えたが、私は一歩前に出た。
「すみません」と私は丁寧に言った。
「戦う前に、いくつか質問させてください」
魔王は明らかに困惑した。
「質問?戦わないのか?」
「まず議論しましょう」と私は提案した。
「あなたは本当に魔王なのですか?」
「何を言うか!我こそは闇の王、ディアボロスである!」
「それは単なる自己申告ですよね」と私は指摘した。
「魔王である証拠はありますか?」
魔王は一瞬言葉に詰まった。
「証拠...だと?」
「はい。魔王の定義から始めましょう」と私は続けた。
「そもそも『魔王』とは何を指す概念なのでしょうか?」
背後で田村が小声で「何をしているんですか」と呟いた。しかし、私は構わず質問を続けた。
「あなたが悪だとすれば、悪とは何ですか?善悪の基準は誰が決めるのですか?」
魔王はますます困惑した様子であった。
「悪とは...悪とは...」
「相対主義的観点から言えば」と私は学術的に分析し始めた。
「善悪の概念は文化や時代によって変化します。あなたの行為が悪とされる根拠は何ですか?」
「我は...我は世界を支配せんとする者なり...」
「世界を支配することは、なぜ悪なのですか?」と私は問い続けた。
「現在の統治体制が正しいという保証はありますか?もしかすると、あなたの統治の方が優れている可能性もあるのではないでしょうか?」
魔王は完全に困り果てた表情になった。
「いや、しかし...我は民を苦しめる...」
「なぜ民を苦しめるのですか?」
「それが...魔王の役割だからだ...」
「役割?」と私は鋭く突っ込んだ。
「誰がその役割を決めたのですか?あなた自身の意志ですか?それとも他者から押し付けられたものですか?」
この時点で、他の転生者たちも状況の異常さに気づき始めていた。
山田が呟いた。
「なんだか、魔王が可哀想に見えてきました...」
「そうですね」と木村も同意した。
「まるで無理やり悪役を演じさせられているみたいです」
私は更に追及を続けた。
「あなたの存在目的は何ですか?なぜ封印されていたのですか?封印した者たちの動機は何だったのですか?」
魔王は頭を抱えた。
「わからん...わからんのだ...」
「つまり」と私は結論づけた。
「あなた自身も、なぜ自分が魔王なのか理解していないということですね」
「そう...なのかもしれん...」と魔王は弱々しく答えた。
その時、鈴木が教師らしい口調で発言した。
「これは実に興味深い哲学的問題ですね。アイデンティティの根拠について」
「そうですね」と私は同意した。
「彼は『魔王』という役割を与えられているが、その役割の意味や目的を理解していない」
高橋が素朴な疑問を口にした。
「でも、魔王って本当に必要なんですか?」
「良い質問ですね」と私は褒めた。
「ディアボロスさん、あなたは自分が必要な存在だと思いますか?」
魔王は長い間考え込んだ後、ゆっくりと答えた。
「わからん...誰も我に何も教えてくれなんだ...ただ『魔王として振る舞え』と言われただけで...」
佐藤が母親らしい優しさで言った。
「それは辛いですね。自分が何者なのかわからないなんて」
私は魔王に向かって提案した。
「一つ提案があります。戦うのではなく、一緒に考えてみませんか?あなたの存在意義について」
魔王の目に、初めて光が宿った。
「本当に...そうしてくれるのか?」
「もちろんです」と私は答えた。
「哲学的探求に協力者は必要ですから」
こうして、予定されていた「魔王討伐戦」は、史上最も平和的な哲学セミナーへと変貌を遂げたのである。
我々は円形に座り、「悪とは何か」「支配とは何か」「役割とアイデンティティ」といった根本的な問題について議論を始めた。
魔王は最初こそ戸惑っていたが、やがて積極的に発言するようになった。彼の発言は、外見とは裏腹に実に論理的で知的であった。
「実は」と魔王は告白した。
「我は長い間、この役割に疑問を感じていたのだ。なぜ民を苦しめねばならぬのか、なぜ勇者と戦わねばならぬのか...」
「それは自然な疑問です」と木村が学者として応じた。
「与えられた役割を無批判に受け入れる必要はありません」
議論は夕方まで続いた。魔王の正体や、この世界の仕組みについて多くの疑問が浮上したが、明確な答えは見つからなかった。
しかし、重要なのは答えを見つけることではなく、問いを共有することであった。
帰り道、田村が感想を述べた。
「まさか魔王と哲学談義をすることになるとは思いませんでした」
「でも、有意義でしたね」と山田も同意した。
「彼も私たちと同じように、悩みを抱えている存在だったんですね」
私は今日の出来事を振り返りながら思った。
戦闘による解決は、確かに分かりやすい。しかし、対話による理解は、より深い解決をもたらすかもしれない。
つまるところ...真の戦いとは剣ではなく言葉で行うものなのである。そして哲学的議論に勝者はいない。あるのは相互理解と、共に考える喜びだけなのだ。
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