第49話:古本屋店主の正体
私は実に驚愕すべき真実に直面していた。
魔王との哲学談義から一週間後のことである。
グレイ教授から「重要な話がある」と呼び出され、指定された場所は意外にも学院の図書館であった。
しかし、普段の図書館ではない。奥の禁止区域、あの「時の書架」への扉の前であった。
「今日は特別に、この奥をお見せしよう」とグレイ教授は言った。
アリアと共に教授の後に続くと、扉は静かに開いた。中は以前に私が迷い込んだ古本屋そのものであったが、今回は明らかに様子が違っていた。
書架はより整然と並び、古い魔法装置らしきものが随所に配置されている。そして奥の机で、例の古本屋店主が何やら古い書物を読んでいた。
「エドワード」とグレイ教授が声をかけた。
「お客様だ」
古本屋店主は顔を上げると、いつもの謎めいた笑みを浮かべた。
「ああ、田中君とルーンヒルデ嬢ですね。お待ちしていました」
「待っていた、ですか?」と私は困惑した。
「そうです」と店主は立ち上がった。
「そろそろ真実をお話しする時期だと思いまして」
グレイ教授が重々しく口を開いた。
「紹介しよう。こちらはエドワード・ティメウス博士。エルディア魔法学院の共同創設者の一人だ」
私とアリアは目を見開いた。
「創設者...ですか?」とアリアが驚きを隠せずに尋ねた。
「そうです」とティメウス博士は頷いた。
「グレイと私で、この学院を設立したのは今から百年ほど前のことです」
「百年前?」と私は困惑した。
「しかし、あなたたちは...」
「見た目より年を取っているのです」とグレイ教授が苦笑いした。
「時間魔法の研究の副産物でね」
ティメウス博士が説明を始めた。
「この『時の書架』は、単なる古本屋ではありません。時間を操作する魔法装置の中核部分なのです」
彼は書架の一つを指し示した。そこには、見覚えのある魔法陣が刻まれている。
「これにより、我々は時間の流れを観察し、時には介入することができるのです」
「時間への介入...」と私は呟いた。
「まさか、転生システムも?」
「その通りです」とティメウス博士は認めた。
「異世界からの転生者召喚も、我々が開発したシステムの一部です」
アリアが震え声で尋ねた。
「では、私たちは...」
「実験の被験者だったのです」とグレイ教授が静かに答えた。
「ただし、悪意のある実験ではありません」
ティメウス博士が続けた。
「我々の研究テーマは『真の教育とは何か』ということでした」
「真の教育?」
「そうです」と博士は情熱的に語り始めた。
「従来の教育は、既存の知識を効率的に伝達することに重点を置いています。しかし、それだけで本当に人は成長するのでしょうか?」
グレイ教授が補足した。
「我々は考えました。人格形成、価値観の確立、困難への対処法...これらは教科書では学べない」
「そこで思いついたのが」とティメウス博士は続けた。
「実際に困難や選択を体験させる教育システムです」
私は状況を整理しようとした。
「つまり、この学院全体が...」
「巨大な教育実験場です」とティメウス博士は認めた。
「感情の迷宮、魔導河の反応システム、そして今回の魔王騒動も、全て学生の成長を促すための仕掛けです」
アリアが呟いた。
「私たちの日常も、全て計算されていたということですか?」
「いえ」とグレイ教授は首を振った。
「日常は自然なものです。我々が仕掛けるのは、成長のきっかけとなる出来事だけです」
ティメウス博士が私を見つめた。
「田中君、君を転生者として選んだ理由を話しましょう」
「理由、ですか?」
「君の優柔不断さです」と博士は意外なことを言った。
「君のような慎重で内省的な性格こそ、我々が求めていた『理想的な生徒』だったのです」
私は困惑した。
「優柔不断が理想的?」
「そうです」とグレイ教授が説明した。
「即断即決する人間は、確かに効率的ですが、深く考える機会を逸します。君のように悩み、迷い、考え続ける姿勢こそが、真の学習につながるのです」
「スカーンの役割も」とティメウス博士が続けた。
「君の成長を促すためのものでした。彼は元転生者で、現在は我々の研究チームの一員です」
私は深い溜息をついた。
「つまり、僕の学院生活の全ては...」
「いえ」とアリアが突然口を開いた。
「全てが仕掛けだったわけではありません」
「どういう意味ですか?」と私は尋ねた。
「私たちの友情は本物です」とアリアは断言した。
「あなたとの出会い、一緒に過ごした時間、それらに偽りはありません」
ティメウス博士が微笑んだ。
「その通りです。我々は出会いのきっかけを作ることはできますが、感情は作り出せません」
グレイ教授も頷いた。
「君たちの関係は、全て君たち自身が築き上げたものです」
私は少し安堵した。確かに、アリアとの友情や、ルナとの交流、マルクスとの日常。これらの価値は、仕掛けがあったからといって損なわれるものではない。
「では、魔王ディアボロスも?」と私は確認した。
「彼は感情的成長を測定するための最終試験システムです」とティメウス博士が説明した。
「君の『戦わずに話し合う』という選択は、予想以上に素晴らしい結果でした」
「予想以上?」
「我々は君が困惑すると思っていました」とグレイ教授が笑った。
「まさか哲学談義を始めるとは」
私は複雑な心境であった。確かに操作されていたという事実はショックである。しかし、その操作により、私は多くのことを学び、成長することができた。
「怒っていますか?」とティメウス博士が心配そうに尋ねた。
私は少し考えてから答えた。
「怒るというより...感心しています」
「感心?」
「はい」と私は続けた。
「これほど緻密で、しかも学生の自主性を尊重した教育システムは、確かに画期的だと思います」
アリアも同意した。
「私も同感です。結果として、私たちは多くのことを学べました」
「では」とティメウス博士が提案した。
「実験はここで終了としましょう。君たちはもう十分に成長した」
「実験の終了?」と私は尋ねた。
「これからは」とグレイ教授が説明した。
「普通の学院生活を送ってもらいます。もちろん、今回の件について口外は無用ですが」
「わかりました」と私は答えた。
帰り道、アリアと並んで歩きながら、私は今日の出来事を消化しようとしていた。
「複雑な気持ちですね」とアリアが呟いた。
「そうですね」と私は同意した。
「でも、不思議と悪い気はしません」
「私もです」とアリアは微笑んだ。
「結果的に、私たちは成長できましたから」
その夜、私は一人で考え込んでいた。
確かに我々は実験の被験者であった。
しかし、その実験は我々の成長を真摯に願う教育者たちによって設計されたものであった。
そして、最も重要なことは、得られた経験や感情、人間関係は全て本物だったということである。
つまるところ...我々は最初から壮大な教育実験の被験者だったのである。しかし、それを知って怒る気にはなれない。なぜなら、その実験により、我々は確実に成長することができたのだから。
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