第32話:悪友の再来と歪んだ親心
私は実に予想外の再会を果たしていた。
アリアの複雑な心境に悩まされていたある日の夕方、私は偶然学院の地下に足を向けていた。
記憶増強薬の一件以来、この薄暗い地下通路を歩くことはなかったのだが、なぜかその日は無意識のうちにここまで来てしまったのである。
「くくく、お久しぶりです」
その声を聞いた瞬間、私は立ち止まった。
振り返ると、薄暗い廊下の奥から、見慣れた人影が現れた。黒髪を後ろで束ね、相変わらずの狡猾な笑みを浮かべている。
「スカーン...」と私は呟いた。
「相変わらず優柔不断ですね」とスカーンは近づいてきた。
「その困った顔を見れば、すぐにわかります」
私は警戒した。前回の記憶増強薬の件があるため、彼と関わるのは危険である。
「君に用はない」と私は冷たく言った。
「まあ、そう言わずに」とスカーンは手を振った。
「今回は君のためを思って、特別な商品を開発したんですよ」
「君のため?」と私は眉をひそめた。
「そうです」とスカーンは得意げに頷いた。
「見ていてイライラするんです。せっかくのチャンスを棒に振って」
私は困惑した。「チャンスとは何のことだ?」
「恋愛のチャンスですよ」とスカーンは当然のように答えた。
「美少女二人から好意を向けられているのに、何もしないなんて」
私は愕然とした。まさか、スカーンが私の恋愛事情を把握しているとは。
「どうして君がそのようなことを...」
「学院内の情報収集は私の専門ですから」とスカーンは笑った。
「ルーンヒルデ嬢の変化も、新入生のアプローチも、全て把握しています」
「それで?」と私は不機嫌に尋ねた。
スカーンは懐から小さな瓶を取り出した。中には美しい金色の液体が入っている。
「『魅力向上エッセンス』です」と彼は紹介した。
「これを服用すれば、自信と魅力が飛躍的に向上します」
私は即座に首を振った。「前回の件を忘れたのか?」
「前回は確かに失敗でした」とスカーンは認めた。
「しかし、あれで君は成長したでしょう?友情の価値を学んだ」
確かにその通りではある。しかし、それは結果論である。
「今回は違います」とスカーンは続けた。
「記憶ではなく、魅力の向上です。副作用も軽微です」
「信用できない」と私は断言した。
「くくく、疑い深いですね」とスカーンは苦笑いした。
「でも、このままでいいんですか?」
「何がだ?」
「ルーンヒルデ嬢は嫉妬に苦しんでいる。新入生は積極的にアプローチしている。そして君は、ただ混乱しているだけ」
私は言葉に詰まった。確かにスカーンの指摘は的確である。
「君のその優柔不断さが、両方の女性を不幸にしているんです」とスカーンは続けた。
「君のためを思って言っているんですよ」
私は内心で反発した。「お前に言われたくない」と思ったが、同時に図星を突かれた感もあった。
「でも、薬に頼るのは...」
「薬に頼ると言いますが」とスカーンは遮った。
「君は既に十分理論に頼っているじゃないですか」
「それは違う」
「同じです」とスカーンは断言した。
「理論で恋愛を解決しようとするのも、薬で解決しようとするのも、根本的には同じ逃避です」
私は愕然とした。この指摘は、予想以上に深いところを突いている。
「つまり、君に必要なのは、自分の力で行動することです」とスカーンは説明した。
「このエッセンスは、その背中を押すだけです」
「背中を押す?」
「そうです。君の中にある魅力を引き出すだけです。偽物の魅力を作るわけではありません」
スカーンの説明は、妙に説得力があった。確かに私は、理論的思考で恋愛問題を解決しようとして失敗している。
「しかし、前回の件があるので...」
「前回とは状況が違います」とスカーンは言った。
「今回は、君が本当に必要としているものです」
私は迷った。確かにこのままでは、アリアもルナも、そして私自身も不幸になるかもしれない。
「副作用は本当にないのか?」
「軽微な頭痛程度です」とスカーンは保証した。
「効果は一週間程度。その間に、自分の気持ちを整理すればいいんです」
「気持ちを整理...」
「そうです。今の君は、混乱しているだけです。少し自信を持てば、きっと正しい判断ができるはずです」
スカーンの言葉には、妙な説得力があった。そして、確かに私は混乱している。
「君のためを思って開発したんですよ」とスカーンは繰り返した。
「前回の失敗を見ていて、今度こそ君に幸せになってもらいたいと思ったんです」
私は困惑した。スカーンの言葉が、果たして真実なのか偽りなのか判断がつかない。
しかし、彼の指摘している問題は確実に存在する。私の優柔不断さが、確実に状況を悪化させている。
「考えてみます」と私は答えた。
「考えすぎるのが君の悪い癖です」とスカーンは笑った。
「でも、強制はしません。君が必要だと思った時に、いつでも来てください」
そう言うと、スカーンは金色の瓶を私に手渡した。
「とりあえず、持っていてください。お守り代わりに」
私は瓶を受け取った。軽くて、温かい。
「ありがとう...なのか?」
「くくく、礼には及びません」とスカーンは言った。
「友人ですから」
友人、という言葉が妙に重く響いた。
地下から出て、寮に向かう途中、私は複雑な心境であった。
スカーンの言葉は、確かに的確である。そして、彼なりに私のことを心配してくれているのかもしれない。
しかし、薬に頼ることが本当に正しいのだろうか。
部屋に戻ると、瓶を机の上に置いた。金色の液体が、月光を受けて美しく光っている。
「これが解決策なのか?」と私は自問した。
確かに理論的思考では、今の状況を打開できないでいる。しかし、薬に頼ることで本当に解決するのだろうか。
マルクスは外出しており、相談相手もいない。
私は一人で、瓶を見つめ続けていた。
「お前に言われたくない」と思いつつも、スカーンの指摘が図星だったことは認めざるを得ない。
そして、彼の「君のためを思って」という言葉が、妙に心に残っていた。
つまるところ...真実を語る者は必ずしも歓迎されないのである。
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