第26話:図書館という聖域の迷宮

私は実に奇妙な現象に直面していた。


噂騒動から三日が経った夕方のことである。

いつものように図書館でアリアと勉強していたのだが、これまでとは明らかに異なる感覚に襲われていたのだ。


図書館は、私にとって聖域のような場所であった。石造りの高い天井、整然と並んだ書架、静寂に包まれた学習スペース。


ここでは魔法理論の複雑な数式も、古代魔法語の難解な活用も、アリアと議論しながら解き明かすことができる。我々の知的な共同作業の場であり、心の平穏を保てる唯一の空間でもあった。


しかし、その日は違っていた。


まず、席に着いた瞬間から違和感があった。いつものように隣同士に座ったのだが、アリアとの物理的距離が妙に気になって仕方がないのである。


「いつもよりも近いのか、それとも遠いのか?」と私は内心で計測を始めた。


椅子の間隔は確実に同じである。机の幅も変わっていない。


しかし、なぜか彼女の存在がいつもより強く感じられる。まるで見えない力場のようなものが、我々の間に発生しているかのようであった。


「集中しよう」と私は自分に言い聞かせた。


その日の課題は「魔素密度の計算における環境変数の影響」という、実に複雑な理論であった。

通常であれば、この種の難問にのめり込んで、周囲のことなど忘れてしまうはずである。


しかし、アリアがページをめくる音が、異常に大きく聞こえてくるのである。


「パラリ」


その微かな音が、まるで太鼓の音のように私の耳に響いた。

彼女の細い指が紙を扱う様子が、妙に優雅に見える。いつもは気にならなかったことなのに、今日はなぜかその仕草に目を奪われてしまう。


「これは一体どういうことなのか」と私は困惑した。


さらに困ったことに、彼女の鉛筆が紙の上を動く音まで気になり始めた。


「カリカリ」という小さな音が、私の集中を削いでいく。計算式を見つめているはずなのに、意識は隣の席に向かってしまう。


アリアは相変わらず真剣に勉強している。

銀髪が照明の光を受けて微かに輝き、淡い紫の瞳が教科書に向けられている。時折、難しい箇所で小さく眉をひそめる表情も、なぜか今日は特別に見える。


「これは明らかに異常である」と私は自己診断を始めた。


「おそらく、先日の噂騒動の心理的影響が、私の認知機能に変化をもたらしているのであろう」


つまり、他者からの視線や期待が、私の内的状態を変化させているということである。これは実に興味深い心理学的現象ではないか。


「そうだ」と私は納得した。「これは単なる慣れ親しんだ空間への愛着の変化であろう!」


長期間にわたって同じ環境で過ごすことにより、その空間に対する親和性が高まる。そこに噂という外的要因が加わることで、空間認識に微細な変化が生じる。実に合理的な説明である。


しかし、この分析的アプローチも、問題の解決には至らなかった。


むしろ、分析すればするほど、状況は複雑になっていく。

アリアの存在を意識すればするほど、彼女の一挙手一投足が気になってしまう。


「ねえ」とアリアが突然口を開いた。


私は驚いて顔を上げた。「はい、何でしょうか?」


「あなた、今日は集中できていないようですが、大丈夫ですか?」と彼女は心配そうに尋ねた。


「え、いえ、そのようなことは...」と私は慌てて否定しようとしたが、教科書を見ると、この一時間でほとんど進歩していないことがわかった。


「実は」と私は正直に告白した。「先日の件以来、なんだか図書館の雰囲気が変わったような気がして」


アリアは微笑んだ。「私もです。なんだか、いつもと違う感じがしますね」


「やはりそうですか」と私は安堵した。「つまり、これは我々だけの問題ではないということですね」


「そうですね。周囲の視線を意識してしまうというか...」とアリアは少し頬を赤らめた。


その時、図書館の入口から数名の学生が入ってきた。彼らは我々を見つけると、小声で何かを話し始めた。


「また始まった」と私は溜息をついた。


「でも不思議なことに、完全に嫌というわけでもないんです」とアリアは言った。


私も同感であった。確かに居心地の悪さはあるが、それと同時に、何か特別な時間を過ごしているような感覚もある。


「これは実に複雑な心理状態だ」と私は分析した。


「羞恥心と満足感が同時に存在している」


しかし、学問的分析を続けていても、問題は解決しない。むしろ、考えれば考えるほど、迷路は深くなっていく。


その日の勉強は、結局ほとんど手につかなかった。魔素密度の計算どころか、基本的な公式すら頭に入らない。


図書館を出る時、アリアが言った。


「明日は、いつもの調子で勉強できるといいですね」


「そうですね」と私は答えたが、内心では疑問に思っていた。果たして「いつもの調子」とは何なのか。そして、今日の状態は異常なのか、それとも新しい「普通」なのか。


寮への帰り道、私は深い思索にふけっていた。


図書館という空間は、物理的には何も変わっていない。変化したのは、その空間に対する我々の認識である。そして、認識の変化は、現実の体験をも変化させる。


つまり、客観的事実と主観的体験の間には、必ずしも一対一の対応関係があるわけではないということである。


同じ空間、同じ相手、同じ行為でありながら、文脈が変わることで全く異なる意味を持ってしまう。これは実に興味深い現象学的問題ではないか。


しかし、学問的興味とは別に、私個人としては困惑していた。この変化を歓迎すべきなのか、それとも警戒すべきなのか。


部屋に戻ってから、マルクスに相談してみた。


「それは自然な変化だよ」とマルクスは言った。「人間関係が発展する時には、必ず起こることだ」


「しかし、我々の関係は学術的なものです」と私は主張した。


「それが変わってきているということだろう」とマルクスは苦笑いした。


「君は相変わらず理屈で考えすぎる」


その夜、一人でベッドに横になりながら、私は天井を見つめていた。


明日もまた図書館に行くのだろう。そして、おそらく今日と同じような違和感を抱くことになるだろう。


しかし、それは本当に「違和感」なのだろうか。もしかすると、これまでの方が不自然で、今の状態が正常なのかもしれない。


感情や認識の変化を、常に分析的に理解しようとする私の姿勢そのものが、問題を複雑化させているのではないか。


つまるところ...分析すればするほど迷宮は深くなる。学問とは時として人を不幸にするものなのである。




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