39.元婚約者

「それでさ、親探しのほうはどう?」


 食後にくつろいでいる中、ジルのセリフが突然切り込んだ。

「…今はハスフィニット社の元婚約者の返答待ちだ。あとは、ホルネア監獄も同時に調べているが、こっちよりも勝率が高いのは教授の奥さんからの芋蔓式の方だろう。」

「OK、じゃあそっちが判明したらまた連絡待ってるね。実はさ、一個思いついたんだ。ドナのお母さんを追跡する方法」

「…えっ」

「いや、思いつきなんだけどさ。ドナのお父さんの遺伝子データでドナくんを見つけられたなら、ドナくんの遺伝子データでお母さんを見つけられないかな?そこって反対にしてもいけんじゃないかなって」

 確かに。言われてみれば、俺の遺伝子の半分は母親だ、俺から特定もできないことはないだろう。


「…残念だが、それはできない」

「そっかー、なんで?」

「基本的に遺伝子追跡の特定できる箇所は一箇所だけなんだ。つまり、ドナの遺伝子に反応するのはドナだけ。これは、遺伝子特定の感度を最高値にしないと、特定の人物を見つけ出せないからだ。」


「なんで一箇所だけなんだ?」

 ドナが尋ねる。


「高感度に設定すると、追跡装置は“一番強く反応した遺伝子”にしか反応しない。だから一人にしか反応しないようになってる。」

「そういうことね、だからドナのお父さんが反応しなかった分、最も濃く出てきたのがドナくんだったわけか」

「…そういうことだ。」

 せっかく出た案も、ポシャってしまった。


「そっか〜……うまくいけばって思ったんだけどな〜〜残念!」

 ジルは背もたれに深く体を預けた。

「…その遺伝子反応の感度を落とすことはできないのか?」

 俺なりに、可能性を広げてみる。せっかくジルが見つけてくれた可能性だ、もう少し考えたい。

「感度を落とすと、誤差が生じて数万人単位で反応がでてしまう。もともと犯罪者の特定のための装置だから、目的は容疑者一人の特定なんだ。そのために、あえて精度を上げて、絞り込みを極限まで狭くしてある。」

 シリルの話を聞く限り、装置の方をいじることも難しそうだ。

「仕方ないね、じゃあ予定通り遺伝子データをもらえることを祈るか」

「…まてよ、あるいは─────」

 そう言った時、シリルのH.I.Dが振動した。


「…!」

 画面を見て、シリルが固まる。


「電話だ。元、婚約者から」

「!!!」

 リビングの空気が張り詰める。

 シリルは生唾を飲み込み、通話の画面を押した。


「…もしもし」

『久しぶりだね、シリル。君の方から連絡が来ると思わなかったよ』

 スピーカーから流れる、低く甘い声。口調は気さくだが、声の奥底に威圧感を感じる。


「…こちらこそ。話したいことがある。メッセージに送った通り、話す時間が欲しい。」

 リビングに緊張した空気が流れた。

『…君がお願いをするなんて、よっぽどのことだね。いいよ、明日にでも会おう。時間はつくる。』

「…ありがとう。明日の13時は、どうだ。」

『13時ね。わかった、じゃあ俺のオフィスに来てくれ。また明日、シリルと話せるのを楽しみにしているよ』

 電話が切れる。ツー、ツーという音が部屋に響いた。


「明日の、13時」

 シリルが電話の内容を繰り返す。

「…ドナも同席してくれ。明日、この時間に」

「…あぁ。」

「…元婚約者、物腰柔らかい感じはあったね」

 ジルが率直な感想を伝える。

「…これはこいつの表向きの話し方だぞ。はぁ、また顔を合わせるなんて反吐が出そうだ…」

 普段のシリルの口から出ない言葉に、俺たちは戸惑った。とはいえ、一度婚約破棄をした元婚約者だ。シリルがそういうほど、過去に何かあったのだろう。

「早速進展があれば、連絡する。」



 翌日の14時頃。

「ドナくん、交渉の方はどうだった?」

「……」

 俺は親指で肩越しにシリルを指す。

「こうなった」

 ────時は、1時間前に遡る。




 ドナとシリルは、ハスフィニット社のオフィス前に立っていた。

「はぁ…吐きそうなんだぞ」

「大丈夫か?」

「あぁ。念の為のエチケット袋は持ってきといた」

「大丈夫じゃねえだろそれ」


 ハスフィニット社は、全面がガラス張りの高いビルで、反射した光で遠くから見てもわかるほどに輝いていた。ふとドナは、ガラスに映った自分を見た。

「…ツノがないのを隠すために帽子被ってるけど、脱いだ方がいいかな」

「…おそらく指摘してくるだろうし、早かれ遅かれ外すことにはなるだろうな」

「そっか」

そう言って、ドナは帽子を脱いでポケットに押し込んだ。


 ロビーに足を踏み入れる。受付のシープが俺たちを出迎えた。

「…これもロボット?」

 ドナはシリルに耳打ちした。

「どこも大概ロボットだぞ。でも本物の時もあるから普通通りにした方がいい」

 15時に約束していた旨を伝えると、すんなりと奥のエレベーターへ通された。エレベーターの階数が上がるごとに、シリルの目が死んでいく。


 エレベーターの扉が開くと、そこにはスーツを着たシープが立っていた。銀髪のオールバックで、上品で落ち着いた雰囲気を醸し出している。目元は甘さを醸し出しており、女性には困らないんだろうなと言う印象があった。ツノは螺旋状に横に長く伸び、狭い道を歩くのは困難そうだ。


「お久しぶりだねシリル。相変わらず美しい」

「ご無沙汰していたなクロード。今日は用があってきた」


 シリルの声が、明らかに張っている。

「好きなだけ居座るといい。シリルなら歓迎するよ」

 クロードと呼ばれた男は、ドナの前へ歩いた。


「…君は?」

「ドナ・コレット。シリルの付き添いです。」


 見上げる形で名乗った。

 するとクロードは、ドナの頭を見てひくりと口元を動かした。


「…非シープか?」

「はい。…あなたは」

「クロード・ハスフィニットだ。」


 クロードは差し出していた手を引っ込めた。そして、流れるようにジャケットのポケットの中に入れる。

「…とりあえず座りなよ。こっちだ。」

 クロードに導かれるままに、応接間に移動する。クロードは皮でできた椅子に深く腰掛けた。


「…で?今日はどうしたんだ?薄汚い非シープなんか引き連れて」


 彼の笑顔と発した言葉の違和感に一瞬頭が追いつかなかった。流れるように罵られ、言葉を返す暇すらない。


「お前の薄汚さに比べれば大概の生き物は綺麗なんじゃないか?」

 いつもは温厚なシリルが棘のある言葉を吐いている。こめかみに、ピキ…と音を立てている気がした。


「おーい!誰か空気清浄機のフィルターを変えてくれ。それで、用とは?」

「…相変わらずその性格の悪さは変わってないな。婚約破棄して正解だったんだぞ」

 シリルの声に怒りがこもっているのがわかる。

「俺はいつでも婚約はウェルカムだよ、シリル。君のためになにも変わるつもりはない」

「…はっ、これが天下のハスフィニット社の御曹司なんて、株主はかわいそうに」

「言うねぇ。君こそまだ会社を継いでないくせにそんなこと言える立場じゃないだろう?」


 異様な空気が流れた。どう見ても、穏やかではない。

「で、話って?君からのお願いだ、あらかた想像はついている。」

「何…?」

「もちろん婚約破棄の取り消しだろう?あの時の過ちにやっと気づいたんだな。えらいぞ、シリルちゃん♡」

「クロード、貴様ァァァァ!!!!」

 立ち上がるシリル。後ろにいた秘書のシープがその雰囲気を察し、取り押さえた。



「…て感じで、追い出されて、交渉どころじゃなかった。」

 親指で肩越しのシリルを指差す。シリルは怒りのあまり形相が般若と化していた。

「ドナくんに怒ってくれるのはいいとしてシリルをキレさせるなんて相当だね」

「あぁ。一周回って俺が冷静になるレベル」

「クロード…やっぱりあいつは嫌いなんだぞ…」

 ぶつぶつとつぶやいたあと、ようやく冷静になったシリルがこちらを見た。

「…すまない。私のせいで、交渉に繋がらなくて。一度で成功するとは元々思ってなかったし、もちろんもう一度挑戦する。あいつと顔はあまり合わせたくはないし、手短に終わらせる。」



───── 一方その頃クロード

「ちょっとでかけてくる」

 そういって、応接間から外に出た。

「やった…」


 やったーーーーーーーーー!!!!!

 今にも踊りながら階段を駆け下りたい衝動を抑えながら、天を崇めた。


「シリルが…シリルが俺のところに来てくれたーーーー!!!!!!」


 薔薇色とはこういうことを言うんだろう。シリルの訪問で、俺は完全に有頂天になっていた。

「かわいい!!!やっぱりかわいい!!!ああああシリル!!!!かわいい!!!!」

 ハァ、ハァと息を切らす。

「絶対嫁にしたい………」


 そう呟いていると、ハスフィニット社の研究員が前から歩いてくるのが見えた。

 クロードはその場でH.I.Dを取り出し、電話をしているふりをして何もなかったように振る舞った。

 横目に研究員が通りすぎるのを確認する。


「シリル〜〜〜なんで来てくれたの〜〜〜??やっぽり俺とヨリ戻したくなった???だよね??そうだよね??だって俺御曹司だよ?あのハスフィニット社の。そりゃ婚約破棄なんてなんかの間違いだよなぁ?!?」


 クロードの頭には、シリルと付き合ったひと月の思い出が駆け巡った。

─────シリル・アンベリカ。俺の元婚約者。あの容姿と能力、家柄、どれをとっても俺に相応しい完璧なシープ。なによりも容姿が好みだった。


「シリル〜〜〜一時期行方不明と聞いて心配で俺の体重は5キロ落ちたし毎日メールも送ったし見つかっていないか親父さんにも連絡してたけど、無事見つかって良かったよ!」

 

 一方、シリル────

「…そういやH.I.Dの電源が入った瞬間、あいつから大量にメール来てて怖かったんだぞ。キモいんだぞ」


クロードside


「俺も流石にピザ屋のクーポンが来るたびにシリルからの連絡と思って一喜一憂するのは辛くなったからH.I.Dの通知を切っていたが…まさかシリルから連絡がきていたなんて。すぐに気づけなくてごめんよ。ホルネアで見つかって、一番に俺に連絡をくれるなんて…やっぱりシリル、俺のことを婚約者としてまだ見ていたんだな!」


 クロードの脳内に、フィルターで補正されたシリルが思い出させる。涙を目に浮かべ、話がしたいと懇願する姿だった。

「はぁ…シリル。また会えて嬉しい…そんでもって…誰だよあの汚ねぇ非シープ。」

 汚い非シープはもちろん、ドナのことを指していた。クロードの記憶の中でのドナは、ひどいアホヅラで鼻をほじった人間のイメージになっていた。

「害虫はシリルから離れて欲しいな、全く…」


 クロードが知れば発狂すること間違い無いだろう。シリルは現在、その非シープと結婚していると言うことを…。


シリルside

「へっくし」

「どうしたドナ?風邪か?」

「いや…なんだろ?」

 ドナは、謎の悪寒を感じていた。

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