第7話 僕とABCトリオ

 公園のアスレチック遊具を一通り遊び終えた僕とエリーゼはベンチに座って休憩をしていた。

 

 

「————ねえ、ベル?」

「なに? エリーゼ」

 

 

 僕が訊き返すと、エリーゼは僕の顔を覗き込むようにして答える。

 

 

「最近、何か元気がないわね」

「えっ……、そ、そうかな……」

「言ってみなさいよ。悩みがあるなら聞いてあげるわ」

「…………!」

 

 

 エリーゼの優しい言葉に僕はなんだか胸の奥が熱くなった気がした。

 

 

「……母上のことなんだ」

「奥様のこと?」

「うん……。正直、僕は母上のことがよく分からないんだ……」

「分からない……?」

「……母上がどんなことが好きなのかとか、父上と結婚する前は何をしていたのとか……」

 

 

 僕の話を聞いていたエリーゼが首を傾げた。

 

 

「何それ? 分からないなら訊いてみたらいいじゃない」

叔母おば様にもそう言われたんだけど、やっぱり怖い気がして……」

「怖い……?」

「エリーゼも分かるでしょ? 母上ってなんだか途轍もないオーラを纏ってるというか……」

 

 

 僕の言葉にエリーゼは執事長と同じように考え込む仕草を見せた。

 

 

「うーん……。確かに奥様はとんでもない迫力の持ち主だけど、間違ったことをしない限り怒られることなんてないはずよ。ダンスのレッスンをサボったりとかね」

「う……」

「それにどこの家庭も母親っていうものは厳しいはずよ。ウチのお母様だって、私が少しでも宿題を忘れたりしたらお尻が真っ赤になるくらい叩かれるんだから!」

 

 

 エリーゼは途中からメイド長のことを思い浮かべたようでプリプリし始めたけど、次第にその表情が優しげなものに変わっていった。

 

 

「……でも、お母様は私がおやしきのお仕事を頑張って覚えたらちゃんと褒めてくれるし、晩ご飯に私の好物を作ってくれるの。だから私はお母様のことが大好き」

「エリーゼ……」

「ちなみに、お父様は『普通』と『好き』の間くらいね」

「ヒドッ! 執事長、悲しむよ⁉︎」

「だって、残念なんだもの」

「————あれー? エリーゼじゃねえ?」

 

 

 その時、初めて聞く声が僕たちの話に割り込んできて顔を向けると、やっぱり見覚えのない三人組の男の子の姿があった。歳は僕と同じか少し上くらいだろうか。

 

 声を掛けられたエリーゼはあからさまに嫌そうな顔つきになった。

 

 

「……何か用なの? ABCトリオ」

「その呼び方で呼ぶんじゃねえよ!」

 

 

 真ん中に立っている一番背が高くてふっくらした男の子が一歩踏み出して怒鳴り声を上げたけど、エリーゼは構わず僕に説明を始める。

 

 

「こいつらは私と同じクラスのアントニオAブルーノBチロC。いつも三人でつるんでしょうもないイタズラとかをしてるどうしようもない奴らよ。それぞれの頭文字を取って『ABCトリオ』って呼ばれててみんなから嫌われているの」

「そ、そうなんだ……」

 

 

 エリーゼの簡潔な説明に僕が納得すると、リーダー格と思われるアントニオが僕たちの前に詰め寄ってきた。

 

 

「嫌われてなんかねえよ!」

「あら、そう? 少なくとも私の中では『大嫌い』にランクされているけど?」

「…………‼︎」

 

 

 エリーゼに一刀両断されたアントニオはガックリと肩を落としてうつむいた。慰めるようにブルーノとチロがアントニオの肩をポンと叩いた。

 

 

「アントニオさん、元気出してください!」

「そうですよ! 大嫌いから上がって行けばいいんですよ!」

「う、うるせえっ‼︎」

 

 

 顔を真っ赤にして二人の手を振り払ったアントニオはエリーゼの隣に座っている僕の顔を睨みつけてきた。

 

 

「誰だ、このチビは……⁉︎」

「誰でもいいでしょ。あなたには関係ないわ。行きましょう」

 

 

 僕が口を開く前にエリーゼが僕の手を取って立ち上がると、ブルーノとチロがアントニオに耳打ちをする。

 

 

「……アントニオさん。コイツ、もしかして領主の息子じゃあ……!」

「領主の息子……⁉︎」

「そうですよ。エリーゼが領主の邸でメイド見習いをしてるって聞いたことがあります……!」

「…………」

 

 

 ブルーノとチロの話を聞いたアントニオは少し黙った後、僕の方に向き直ってニヤッと白い歯を見せた。

 

 

「……ああ、俺も聞いたことがあるぜ。ウチの領主サマは立派なかたでも、一人息子は邸に閉じこもってばっかりいるビビリだってなあ!」

「…………‼︎」

 

 

 アントニオの言葉に僕が言い返せないでいると、再びエリーゼが反論の声を上げる。

 

 

「なんですって⁉︎ もう一回言ってみなさいよ……!」

「ほ、本当のことだろ⁉︎ 現に今も女の背に隠れて何も言い返せないじゃねえか!」

「あなたねえ……!」

「フン! ビビリじゃないって言うなら証拠を見せてみろよ!」

「……何をすればいいの……⁉︎」

 

 

 ここでようやく僕が口を挟むと、アントニオはまたニヤリと笑って北の方角にある小高い山を指さした。

 

 

「あのカルチェ山の頂上にある崖にこの時期にだけ咲く虹色の花があるらしい。それを取って来れたら、お前が腰抜けじゃないって認めてやるよ」

「カルチェ山の頂上に咲く虹色の花……」

「ベルディオ様! こんな奴の言うことを聞く必要なんてないです!」

「————エリーゼ。どうしたんだ?」

 

 

 その時、執事長が声を掛けてきた。大人の姿を見たアントニオはクルッと背を向けて振り返った。

 

 

「じゃあな! 虹色の花、楽しみにしてるぜ! 領主の息子サマ!」

『待ってください、アントニオさん!』

 

 

 楽しげに走り去って行くアントニオの後をブルーノとチロが追いかけて行った。

 

 ABCトリオの後ろ姿を見送りながら執事長が尋ねる。

 

 

「エリーゼ。今のは学校のお友達かな?」

「あんな奴、友達なんかじゃないです! 帰りましょう、お父様!」

「…………⁉︎」

 

 

 不機嫌な娘の態度を不思議に思って執事長は僕に伺いの表情かおを向けて来たけど、僕は無言で首を振った。執事長はそれで察してくれたのか、それ以上何も訊かずに帰宅の準備を始める。

 

 

 

 

 ————おしゃべりしながら楽しかった行きの時とは正反対に、帰りの馬車内は誰も口を開かず重苦しい雰囲気が漂っていた。

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