第6話 僕とエリーゼ

 ————叔母おば様が嫁ぎ先へと戻られた日の午後、昼食を取り終えて部屋に戻ると誰かのノックの音が聞こえてきた。

 

 

「はい、どうぞ」

「失礼します」

 

 

 爽やかな声と同時にドアが開いて入ってきたのは燃えるような赤髪が特徴の執事長だ。

 

 

「執事長、どうしたの?」

「ベルディオ様、今日この後は何かご予定がございますか?」

「ううん。今日は日曜日で授業もないし、特に何もないよ?」

 

 

 執事長の質問に答えた僕だけど、我ながら寂しい答えだと思う……。

 

 でも、執事長はどこか嬉しそうに白い歯を見せた。

 

 

「そうですか! それでは、よろしければ私と一緒に街へ買い物へ行きませんか?」

「買い物?」

「はい! いかがでしょうか?」

 

 

 近くの大きな街へは馬車で20分くらい。特に予定もないし、執事長と一緒に過ごすのは楽しいし、僕の返事は一つだ。

 

 

「うん、いいよ。行こう! あ、でもいいの? 仕事があるんじゃ……」

「大丈夫です! 旦那様から仰せつかっている用事もございますし、おやしきのことは部下に指示を出しておきました!」

「そうなんだ。それじゃあ————」

「————ベルディオ様、お父様。私もご一緒してよろしいでしょうか?」

 

 

 軽やかな声に振り向くと、部屋の戸口に紫色の髪が眼を引く少女————エリーゼが立っていた。

 

 

「え、エリーゼも……?」

「はい。いけませんか?」

「いけないってことはないけど……」

 

 

 僕は答えながら執事長にチラリと視線を送る。

 

 

「エリーゼ。宿題は済ませてあるんだろうな?」

「もちろんです。お父様」

 

 

 エリーゼの返事を聞いた執事長は少し考える仕草を見せた後、僕の方を振り返った。

 

 

「ベルディオ様。エリーゼも連れて行ってもよろしいでしょうか?」

「う、うん。僕は構わないけど……」

「ありがとうございます。ベルディオ様。さあ、エリーゼ。お前もお礼を言いなさい」

「ありがとうございます。ベルディオ様。荷物持ちでもなんでもさせていただきますわ」

 

 

 執事長父親に促されてエリーゼはお礼を言ってきたけど、その顔にはイタズラな笑みが浮かんでいるように僕には見えた。

 

 

         ◇

 

 

 ————馬車に揺られて着いた街ではまず執事長の用事を済ませて、買い物をすることにした。と言っても、僕の買い物は本屋さんで本を2冊買ったくらいで終わって、今は女性用の服屋さんの試着室の前に立っている。

 

 

「お二人とも、いかがですか?」

 

 

 何か試しているような表情のエリーゼが真っ白なものと花柄模様のブラウスの2着を自分の身体に当てがって尋ねてくる。

 

 

「うーん、僕は白いブラウスかな……」

「私は花柄の方だな。可愛らしくて似合っていると思う」

 

 

 僕と執事長が順に答えると、エリーゼは僕の方を見てニッコリ笑って見せた。

 

 

「ベルディオ様、正解ですわ」

「正解⁉︎ 間違いなんてあったの⁉︎」

「お父様は……残念です」

「ざ、残念⁉︎ な、何がだ……⁉︎」

 

 

 でも、エリーゼは僕たち二人の声に耳を貸さずに白いブラウスを持って試着室に入って行ってしまった。

 

 

       ◇ ◇

 

 

 買い物を終えた僕たちはリストランテで昼食を食べた後、街の中心部にある大きな公園によることになった。

 

 今日は日曜日ということもあって公園内にはピクニックをしている家族や犬の散歩をしている人、ジョギングをしているカップルやボール遊びをしている子供たちなど様々な人たちの姿があった。

 

 

「ベルディオ様、お久しぶりの公園でしょう。お好きに身体を動かされるのはいかがですか。きっと気持ちいいですよ?」

「う、うん」

 

 

 執事長の提案に僕はうなずいた。きっと執事長はここ数日の僕の様子を心配してやしきの外に連れ出してくれたんだと気付いたんだ。

 

 僕の返事を聞いた執事長は爽やかに笑ってエリーゼに向き直った。

 

 

「エリーゼ。私はここで見守っているから、お前はベルディオ様のお相手して差し上げなさい」

「はい。お父様」

 

 

 エリーゼは荷物を執事長に預けると僕の手を取った。

 

 

「参りましょう。ベルディオ様」

「わっ! ちょっと待ってよ、エリーゼ!」

 

 

 急に走り出したエリーゼに引っ張られる形で僕は公園の中に設置されているアスレチック遊具で遊ぶことになった。

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