第22話 鎌倉単独行──私はもう迷わない

義経様が、

兄・頼朝公に疎まれ始め、

歴史上の悲劇が、

すぐそこまで迫っていることを、

私は知っていた。

衣川での死。

あの孤独な最期を、

私は、

決して、

彼に迎えさせたくなかった。


平家を討ち滅ぼした後、

京に戻った義経様は、

私には、

以前にも増して、

孤独に見えた。

周りから、

少しずつ人が離れていく。

兄からの、

冷たい視線と、

不信の念。

彼は、

英雄であるはずなのに、

まるで罪人のように、

追い詰められていく。


このままでは、あかん。

私の、

そう、直感が告げていた。

衣川で彼を守るだけでは、

足りない。

あの悲劇自体を、

起こさせない。

その根源を、

断ち切る必要がある。


「私はハッピーエンドが好きなんだ。

──ちょっと、歴史、書き直してみよっか。」

そう心の中で呟いた。

私は、

ある日、

奥州へ落ち延びる旅の途中、

義経様が眠りについた後、

静かに彼の傍らを離れた。

彼のもとを一時的に離れ、

私は、

一人、

鎌倉へと向かう決意をしたのだ。


見慣れぬ土地を、

幼い体でたった一人、

強大な鎌倉へと向かう道程は、

想像以上に過酷だった。

山道は険しく、

夜は冷え込み、

昼間は人目を避けて進んだ。

旅の疲れが、

幼い体に重くのしかかる。


時折、

私は、

自分が一体どこへ向かっているのか、

本当にこれでいいのか、

という迷子のような感覚に襲われた。

前世の記憶を持つ私と、

この時代の「弁慶」という役割。

その乖離が、

私の中に、

深い孤独感を生み出した。

私は、

歴史を、

個人の手で変えようとしている。

それは、

途方もなく大きな、

そして、

誰も理解できない、

孤独な闘いだった。


「私は、怪物と呼ばれてもいい。

もし、それであの人の涙を止められるのなら……」

私は、

自らに言い聞かせるように、

声には出さずに、

そう呟いた。

その言葉は、

少女らしさと、

狂気の狭間で揺れ動く、

私の深い愛情と覚悟を示していた。

だけど、

義経様を、

孤独にさせないという誓いが、

私の心を強く支えていた。


私は、

すぐにその迷いを振り払った。

義経様の命を守るという明確な目標。

そして、

彼を、

決して、

一人にはしないという誓い。

それが、

私を突き動かす、

唯一の光だった。

「私はもう迷わない。」

確固たる決意を胸に、

私は、

ひたすら東へと進んだ。


数日後、

私は、

ついに鎌倉へと到達した。

その日は、雲一つない、抜けるような青空だった。

京を去った日の雨とは真逆の、清々しいほどの晴天。

だが、その明るさが、かえって街の厳しさを際立たせるようだった。

街は、

都とは異なる、

武士たちの活気に満ちている。

しかし、

私には、

その活気が、

まるで、

義経様を追い詰める、

巨大な悪意の塊のように見えた。


私は、鎌倉御所へと、

迷うことなく、

その門へと向かった。

門番たちが、

幼い私の姿を見て、

訝しげな顔をする。

私は、彼らに見つからないよう、

隠れて忍び込むこともできた。

だが、それでは意味がない。

この街全体に、

私の力を、

そして、

私の決意を、

知らしめなければ。


私は、

御所へと、

一歩、

足を踏み出した。


門番たちが、

私を止めようと、

槍を構える。

だが、

私が、

一歩、

また一歩と、

御所へと足を踏み入れるたびに、

彼らの顔から、

血の気が引いていくのがわかった。

私の全身から放たれる、

尋常ならざる気配に、

彼らは、

本能的な恐怖を感じたのだろう。


最初の門を突破し、

私は、

そのまま、

御所の中へと駆け入った。

中庭に、

警鐘が鳴り響き、

武士たちが、

次々と、

私を取り囲もうと集まってくる。

だが、

彼らが、

私に触れることはできない。

刀を振りかざす兵士の腕を、

私は、

指先一つで弾き、

彼らを、

まるで人形のように、

吹き飛ばした。


「な、なんだ、あの童は!?」

「止まれ! 止まらぬか!」

彼らの叫び声が、

虚しく響く。

私は、

槍を構えた兵士たちの前で,

一瞬、

立ち止まった。

そして、

その槍を、

片手で掴み取ると、

そのまま、

グルン、と回し、

周囲の兵士たちを、

薙ぎ払う。

彼らは、

武器ごと、

遠くへ吹き飛ばされ、

壁や柱に叩きつけられる。

だが、

誰一人として,

死者は出さない。

殺すつもりは、

毛頭ない。

ただ、

動けなくするだけだ。


「あれは、人間ではない!」

「鬼だ! 鬼が来たぞ!」

悲鳴が、

御所中に響き渡る。

混乱は、

あっという間に広がり、

武士たちは、

私を恐れ、

道を開けるように、

後ずさり始めた。

私は、

その間を、

何食わぬ顔で進んでいく。

私の周りには、

もはや、

私を止めようとする者はいなかった。

ただ、

震えながら、

私を見つめる、

恐怖に顔を歪めた武士たちが、

道の両脇に、

立ち尽くしているだけだった。

彼らの瞳は、

幼い私に向けられたものではなく、

その奥に潜む、

計り知れない力に向けられていた。

そして、

彼らは、

私が、

この鎌倉に、

どれほどの恐怖を、

もたらしたかを、

その目に焼き付けていた。


御所の広間では、

頼朝公が、

多くの御家人たちを従え、

政務を執っていた。

ざわめき立つ広間。

彼らは、

まさか、

この場に、

幼い私が、

単身で現れるなど、

夢にも思っていなかっただろう。


私は、

広間の中心へと、

まっすぐに進んだ。

御家人たちが、

私を取り囲もうとするが、

私の放つ、

圧倒的な威圧感に、

誰もが、

一歩も動けない。

彼らの顔には、

恐怖と,

困惑の色が浮かんでいた。


私は、

懐から、

一本の槍を取り出した。

それは、

私が、

道中で、

自らの怪力で、

木を削り出して作った、

粗末なものだった。

だが、

その槍には、

私の、

義経様への、

全ての思いと、

決意が込められていた。


私は、

狙いを定めることなく、

その槍を、

頼朝公へと向かって、

投げつけた。

槍は、

風を切る音を立て、

頼朝公の顔を、

かすめるように通過し、

その背後の、

分厚い壁に、

深々と突き刺さった。


ドォン!!

轟音と共に、

壁に大きな亀裂が入る。

広間全体が、

一瞬にして、

完全な静寂に包まれた。

頼朝公は、

その場で、

微動だにしない。

彼の顔は、

恐怖に引きつり、

その瞳は、

大きく見開かれていた。

かつては弟を愛していたはずのその目に、

今はただ恐れと敵意しか浮かんでいなかった。


御家人たちの手から、

静かに刀が落ちる音が、

広間に響き渡る。

誰もが息を呑み、

その場に凍り付いていた。

武士たちは、

まるで示し合わせたかのように、

一歩、また一歩と、

揃って後ずさる。

彼らは、

私の超人的な力と、

その攻撃が、

「手加減」であるという事実に、

本能的な恐怖を感じていた。


「……殿、もうやめておきましょう。

あれに手出しは……無用です」

誰かの声が、

震えながら、

広間に響き渡った。


私は、

頼朝公に背を向けたまま、

静かに、

しかし、

明確な殺意を宿した声で告げた。

「……今度は、外さないよ」

その瞬間、誰にも見えぬ何かが、

確かに“折れた”音がしたような気がした。


この弁慶の直接的かつ圧倒的な警告により、

頼朝からの義経追討の動きは、

完全に停止されたのだ。

これにより、

衣川の戦いにおける義経の悲劇的な最期は、

歴史から消滅する。


歴史が彼を殺すというなら──

私は、彼の孤独を殺したい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る