二人の時間①
それからのことは色々あってややこしいんだけど、結論から言うと、競技祭は何事もなかったみたいに無事に終了した。
八岐大蛇が模擬都市をめちゃくちゃにしてしまった件は「競技祭を盛り上げるためのサプライズのイベント」っていうことになって、高等部の試合は僕たちの一年C組と九条君の一年D組の同点ダブル優勝ってことで表彰が行われた。
あんなとんでもない事件があったのに大丈夫なのかなって思うけど、僕が街の中に閉じ込められてる間に外では中臣書記が「イベントです!」っていう雰囲気でものすごく盛り上がる実況をやってたらしい。
模擬都市の中にいた観客の人たちは八岐大蛇が現れると同時にさっさと街の外に追い出されて、行方不明とか怪我人とかも出なかったから、みんな「さすが高天原」って納得したんだとか。
どっちかというと騒ぎになったのはスサノオシステムが一部だけとはいえ顕現したことで、もちろん学生たちもびっくりしてたけどそれ以上に名家の父兄の反応が大きかったらしい。
「氷川家復活か」みたいな声があちこちから聞こえて、先輩に値踏みするみたいな目を向ける人もいて、それを見た押見副会長がものすごく渋い顔をしてたんだとか。
会場を別な場所に移して初等部と中等部の競技が行われて、全部の催しがつつがなく完了した。ほとんどの父兄は楽しく学園を見学して、自分の子に「がんばれ」なんて手を振って地上に帰って行った。
だけどさすがに高天原の中枢に関係してる大きな家の人──特に
……っていう話を、僕はベッドの上で先輩から聞いた。
八岐大蛇を倒した後で気を失ってしまった僕が高天原大学附属病院のベッドで目を覚ましたのは、夜の八時を過ぎた頃。
窓の向こうに広がる鎮守の森は静かで、空には星明かりが瞬いていた。
*
「……私にはね、兄がいたんだ。私の前に須佐之男命の依代だった人だよ」
果物ナイフがリンゴの皮をむくするするという音が、二人きりの病室に響いた。
ベッドに身を起こして見つめる僕の前で、枕元の椅子に座った先輩はちょっとだけ遠い場所を見るみたいな顔をした。
「兄は本当に何でも出来る人でね。スサノオシステムも誰よりも上手く使いこなして、今の御厨君と同じくらいの頃にはもう戦場でたくさんの戦果を上げていた。……それが目障りだったんだろうね。欧州の国々が結託して、兄一人を殺めるための作戦を立てたんだ。幼い私が乗った旅客機を戦場のど真ん中に墜落させて、囮に使ってね」
息を呑む僕。
先輩は小さくため息を吐き、リンゴを一口サイズに切り分けて、
「兄はたった一人で私を助け出して、百万の機械天使──欧州で開発された供骸の模造品の軍勢に立ち向かった。世に言う『葦原の戦い』。東方神域戦争の末期に起こった、欧州連合の直接の敗因になった一大決戦だよ」
そっか、って心の中でうなずく。
夢の中で見た光景。夕日に照らされた葦の野原で白と赤の巨人を駆り、空を覆う天使の軍勢に立ち向かった少年の姿。
だとすると、あの夢の世界で飛び立つ少年の姿を見上げていたのは、もしかしたら僕じゃなくて──
「兄とスサノオシステムは百万の天使を滅ぼし尽くして、私は後から来た軍の部隊に助け出された。けれど、スサノオシステムはそのまま行方知れずになって、兄はとうとう帰って来なかった。……それが、きみが出会った少年、氷川冬哉だよ」
窓の隙間から吹き込んだ風が、レースのカーテンをざわめかせる。
先輩はリンゴの皿に小さなフォークを添えて僕に差し出し、
「小さかった私は依代の役目を引き継いだけど、須佐之男命はどうしても私の呼びかけに応えてくれなかった。……それから十年経って、君がいきなり現れたというわけさ」
無言で皿を受け取る。お腹は減ってるけど、なんだか食べる気にならない。
と、苦笑した先輩がリンゴの欠片をつまんで「ほら」って僕の口に押し込み、
「御厨君がどうしてスサノオシステムと接続出来たのかも、どうしてそこに兄がいたのかもわからない。……確かなことは一つだけ。兄が言うとおり、私は御厨君から離れてはいけないみたいだね」
「え……」
思わず、小さな欠片をごくり。
先輩はくすくすと笑い、僕の頬にそっと両手を添えて顔を近づけ、
……うわ……
こつん、とおでこに暖かい感触。
気がついた時には日本人形みたいな端正な顔が間近にあって、甘い香りがふわりと漂う。
「熱はないみたいだけど……具合はどうかな? 医師の見立てではただの疲れという話だけど、何しろきみはとんでもない無茶をやったんだからね。おかしなところがあったらすぐに言うんだよ?」
「だ、だだだ、大丈夫です!」
「本当かい? なんだか熱が上がってきたみたいだけど」
「そ、それは!」
きゅーっ、と顔に血が上る。先輩の手を振り解くわけにもいかなくて、僕はなんとか視線だけを逸らし、
「──御厨くん調子はどう!? 目が覚めたって看護師さんが」
ばーん、と勢いよくドアが開く音。
元気よく飛び込んできた水瀬さんが、「あ」って言ったきり変なポーズで硬直する。
「水瀬! この馬鹿!」
後から駆け寄った賀茂君がこっちを見ないようにしながら水瀬さんのセーラー服の襟をぐいっと引っ張り、
「だから言っただろノックしろって! お前はどうしてそう!」
「だってだって! 早く御厨君に優勝の賞状見せなきゃって!」
「お二人ともいけませんわよ。病院ではお静かに」
「だね。彩葉さんの言うとおり、もう少し声のトーンを落とそうか」
続いてぞろぞろと入ってくる彩葉さんと黒川君。水瀬さんはもちろん、他の三人も学生服に着替えている。式服のままなのは僕だけだ。
と、するりと手を離した氷川先輩が何事もなかったみたいな顔でドアの方に向き直り、完璧な上級生仕草で、
「お見舞いご苦労さま。御厨君のお友達だね? ……
「
勢いよくうなずいた水瀬さんが氷川先輩に駆け寄り、大きな目をきらきらさせて、
「あの、あの! 氷川執行役員、ほんとに、すっごいかっこよかったです!!! 須佐之男命があのおっきい剣で、八岐大蛇の首をまとめてすぱーんってするところとか!」
「見ていてくれたのかい? どうもありがとう」
澄ました顔で答える先輩の隣で僕はこっそり冷や汗をかく。どうやらみんなは模擬都市の上空での大立ち回りに気を取られて、地上で僕が供骸を操ってたのは見えなかったみたい──
「なあ、御厨」
なんて考えた途端、賀茂君のちょっと固い声。
とっさに顔を向ける僕に、賀茂君は難しい口元に手を当て、
「あの時なんだけど、お前、模擬都市の中で氷川先輩の隣にいたんだよな?」
「う……うん。先輩が須佐之男命を呼び出して、僕は神卸でサポートして」
「そうだよなぁ。じゃあ俺があの時見たのは……」
声が止まる。
賀茂君はため息交じりに首を左右に振り、
「いや、いい。忘れてくれ」
水瀬さんたちが不思議そうに首を傾げる。僕も真似して首を傾げるフリをしながら、心の中でだらだらと冷や汗をかく。
さすが賀茂君。勘が良いっていうか、よく状況を見てる。
だけど、僕と先輩と須佐之男命の関係がバレるのはまずい。
「本当にね、御厨君はよく助けてくれたよ」
と、氷川先輩が完璧なポーカーフェイスでうんうんうなずき、
「イベントとはいえ競技祭の出場者に事前説明をするわけにもいかないからね。御厨君が模擬都市の中に取り残されてしまったのは手違いだったのだけど、慌てず騒がず正しい対処をしてくれてね」
へー、って感心する水瀬さんと黒川君の後ろで、賀茂君と彩葉さんがなんとも言えない顔をする。たぶん名家出身の二人には「あれはイベントじゃなかった」っていう情報がそれとなく伝わってるんだと思う。
けど、とにかく一番肝心なスサノオの問題からは話が逸れた。
僕はちょっと安心して、
「みんなは大丈夫だった? 街からちゃんと出られたんだよね」
「いやー、それがそうでもなくて」
水瀬さんが顔をしかめて、
「賀茂君と押見さんはすぐに出てきたんだけど、黒川君がなかなか出てこなくて。他にもD組の九条君とか」
「大変だったよ。逃げ遅れた人がいないか探してたら陽真君とも彩葉さんともはぐれちゃって」
なるほどってうなずく。いかにも黒川君らしい。
そういえば偉い人の会議に呼び出された九条君はどんな話をしたんだろう。後で口裏を合せないと。
「けど、すごいよね。御厨君」
なんて考えていると、水瀬さんがいきなりうんうんとうなずき、
「入学から一ヶ月も経ってないのに供骸が使えるようになって。九条君との一騎打ちとかほんとにかっこよかったし。……やっぱりあれ? 氷川執行役員の愛の特訓のおかげ?」
「えっ」
今の声は僕のじゃなくて、彩葉さんの物。
瞬きする僕の前で、彩葉さんはなぜか顔を赤くしておずおずと氷川先輩に向き直り、
「な……夏乃様。この機会にきちんとお
「ん? なんだい? 彩葉君」
返るのは深呼吸の音。
彩葉さんは完璧な縦ロールの髪をぎゅっと握りしめた。
「その……夏乃様はやはり、そそそ、宗一郎さんとお、お付き合いなさっていらっしゃいますの──?」
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