18. 伝説と謳われた一戦
お腹が膨れて睡魔に抗っている最中、沼津店長から着信が入った。繰り返しイベントに参加していることを報告。
今日まで何度も考えた結果、関係者としての参加は避けることにした。会場を警邏するなら関係者より一般参加者を装った方がいろいろと自由に動けると思ったからだ。それに沼津店長に伝えてしまったら「みんなへ世界王者からコメントを!」と振られかねない。目立つなんて真っ平ごめんです。
「それでその……友達と一緒にいまして」
するといつもの甲高い声がさらに一オクターブ上がった。
「葵くんに……お友達?」
そんなに驚かれることだろうか。プリミティブについては何も触れず、即興で作り上げた与太話を伝えた。
連れは大変人見知りで知らない人間に囲まれるとどうも怯えてしまう。午前中はなんとか回れたけれど午後まで精神が保つか不明。なのに現実を受け入れられない本人はステージを閲覧したいと一点張り。だからどうか再入場だけでもこっそり裏から通してくれないか、と頼んでみた。
純度百パーセントのでまかせにいささか心が痛む、も、面倒を排除するためならどんな代償も厭わない。
「……なんてこった! こんな日が来るなんて」
予想とは少し違った反応。電話口だけど明らかにハイテンションになっているのが見て取れる。ちょっと心配だ。
「葵くんに友達がいるとは夢にも思わんだ! そうかそうか、素晴らしい!」
「は、はは」
心配を返してほしい。だいぶ失礼なことを云われたけど慰謝料請求できるだろうか。しかし仕事ができる人は皆まで云わずとも、こちらの要求を汲み取ってくれた。再入場どころか、十四時のステージに特別席を手配してくれるとのこと。もう一生頭が上がらないな。
電話を繋いだまましばらく店長の対応を待った。五分ぐらい経つと、ステージが始まる三十分前に入り口にスタッフ証を首から下げたスタッフを立たせておくと説明された。改めてお礼を伝えようとしたけれど向こうも多忙なのかプッツリ切れてしまった。
よし、とりあえず問題は片付いた。本番に向けて気合いを入れるため、デザートにあまーいパフェでも頼んじゃおうかな、なんて。
「はい、お待たせしました。デラックスいちごパフェです」
運ばれてきたのはアキハの顔より長いガラスの器。その中には真っ白でふわふわのホイップの周りを鮮やかに輝くいちごが取り囲み、その上からふんだんにチョコレートソースがかけられた、まさに女子高生の浪漫が鎮座していた。
おいしそーとは思っただけでまだ頼んでない。まさかここにきてアキハが云ってた「進化」とやらでテレパシーでも覚えてしまったか?
「わぁ、おいしそ。葵も一口食べる?」
そんなことはなかった。というかハンバーグとドリアを食べたくせ、ちゃっかりとデザートまで食べようとしてる。しかもそのパフェって限定メニューで一番高いやつじゃなかった?
「おい、一口とはいわず半分食べさせろ」
◇
三十分前に会場に戻ると話通り、スタッフ証を下げた女性スタッフと数人の警備員が待っていた。
「鳥越さんですね。こちらへどうぞ。あとこれも」
女性が首から下げているものと同じものを受け取った。これがあれば会場の出入りが自由になるようだ。
入場列は朝より短くなっていたが、それでも十四時に入れるかどうか怪しい。話をつけておいて正解だった。中に入ろうとすると警備員が先陣を切って人混みをかき分けてくれた。さながら——
「さながらモーセだね」
あぁ、今、そう思ったのに。先に奪わないでほしい。
案内されたのはステージ最前列。大型カメラと照明が立ち並ぶ関係者専用スペースだった。わたしたちの席は端っこで、隣のアキハと肩を寄せ合う程度の狭い空間。けど椅子に座れるだけ店長に感謝。後ろと比較するとここは天国だった。
天国と地獄の境界はフェンスで仕切られていた。だから一般の観覧席がどれだけ混もうがわたしたちには関係ないのだが、同情せざるえない。なんせ後ろは立ち見かつ入れるだけ無理やり詰め込んだ虫籠のような空間。しかも整理券や抽選はなく突発的な先着順だったとか。もちろんそんな情報は事前に公表されてない。電脳には「入れなかった」と嘆く声が多かった。
開始までの時間、ステージ上の巨大スクリーンに映像が流れていた。このイベントのために用意された特別映像だろうか。過去のテレビコマーシャルに、昔からゲームファンだと公言していたハリウッドスターからのお祝いのコメント、さらに各世代を代表するカードの紹介に、過去の大会のダイジェスト映像が流れた。時代が近代になるにつれて映像も音声もクリアになっていく——
『ファンが選ぶベストバウト』
そういやわたしが出場した時の大会映像が流れていないような。
『歴戦の王者を薙ぎ倒した奇跡の一戦』
そんなのあったっけ?
『伝説と謳われるゲームをご覧ください』
瞬きする暇もなく映像が切り替わった。
手元の盤面だけを映した映像。音声は当時の実況だろうか。その雰囲気はさながらメジャーリーグ。白熱した展開に実況も熱くなっていた。双方のプレイヤーの顔はプライバシー保護のためにモザイク処理されている。おそらく片方が未成年だからだろう。
あの試合が撮影されていたのは聞いていた。けれど観るのはこれが初めて。自分のプレイングを俯瞰するのは新鮮だった。
躊躇ない手捌き。相手の最善に対する完璧な解答札。序盤の劣勢を跳ね除け制圧されていく盤面。
結果はご存じだろうに、騒がしかった会場も固唾を飲んで見守っている。アキハに至っては口が半開き。そして『戴冠式の前日』が置かれた途端、会場の至るところから歓声と拍手が沸き起こった。
「すげぇよな、勝ったのって女の子だっけ」
「そーそー、しかもフロックじゃないんだよな。準決勝で殿堂入りプレイヤーを倒しての優勝だから強さは本物」
ご丁寧に後ろから解説がとんできた。
とうの本人は正直、あんま覚えてない。あの一戦が世間で評されているとは夢にも思わなかった。引退は失敗だったかな、なんて。
映像が終わると照明も消え、ステージに静寂が訪れた。しばらくすると運動会の入場曲のような軽快な登場曲とともに、どこぞの怪盗を連想させる真っ赤なスーツを纏った男性が現れた。彼の登場で会場のボルテージが一気に高まる。
「えぇ、みなさま。長らくお待たせしました。本日の司会を務めます広報の駿河です。これより新世代の『ソーサリー・スピリッツ』の発表を……」
会場の歓声で駿河の声はかき消される。無理もない。だって今日は世界中のファンが待ち望んでいた夢の始まりなのだから。壇上の駿河は深々と一礼。拍手が鳴り止むまで佇んだ。
「ありがとうございます。早速発表……と云いたいところですが、この場をもってまずご報告があります。すでにみなさまは存じていると思いますが、『ソーサリー・スピリッツ』は三年前の痛ましい事故により一度は再起不能となりました。誰もがダメだと思ったことでしょう。しかしファンのみなさまの情熱が不可能を可能に変えてくれました。我々は幾度も交渉を重ね、前開発から『新たに歴史を積み上げていくチームに』と、バトンを譲り受けました」
どこかで似たようなフレーズを聞いたような……? むぅと唸りながら記憶の海を潜ってみる。思案している間にもステージは賑やかになり、舞台袖から黒い布に被せられたナニカが台車に乗って運ばれてくる。
やがて心に一瞬の静けさが到来する。沼津店長が考えそうな演出……あ、あの野郎、まさか! 開幕からクライマックスなんて聞いてない!
会場に再び沈黙が訪れた。突如として姿を表した伝説に誰もが言葉を失っていた。プリミティブは照明と好奇の眼差しを存分に浴びながらステージに鎮座した。
——強すぎる感情は人間を壊す。
一目見るだけで狂気に飲まれる、と思えば辺りは静寂を保ったまま。
ただ伝説が発する存在感の虜にされただけ。誰だって『ミロのヴィーナス』を前にしたら同じように言葉を失うだろう。そう捉えることもできた。
だけど胸の鼓動が、わたしの直感が、あの日の天使の告白が、警戒を怠るなと告げていた。
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