第42話『札幌地下通路の“最後の手”』
札幌駅周辺には、表向きには存在しない地下通路がある。
古い地下街の跡地で、何十年も前に使われなくなった通路──
人が消え、灯りも薄暗い。
そんな都市伝説じみた場所を知ったのは偶然だった。
深夜バイトの帰り道、通路の奥に光る、寂れた自販機を見つけた。
湿った空気。
閉塞感。
妙な居心地の良さ。
その夜、誰もいないことをいいことに、
俺はそこでスマホの自慰動画を見始めた。
──動画が後半に差し掛かった頃、
下半身に触れる“冷たい手”を感じた。
*
(……誰?)
股間にぴたりと、指が絡んでくる感触。
慌てて周囲を見回すが、
通路には誰もいない。
けれども──確かに、手が動いている。
指がゆっくりと、撫でるように下半身を愛撫してくる。
息が乱れ、足が震える。
スマホ画面では動画の女性が喘ぎ、
こちらに語りかけるように画面に寄ってくる。
その瞬間、画面の端に、
“俺が絶対に見ていない角度から覗き込む女の顔”が映った。
青白い肌、黒く濡れた髪。
無表情にこちらをじっと見つめている。
ゾクリ、と背筋に寒気が走ったが──
身体は勝手に“果てて”しまった。
下着の中には、生々しい手の跡だけが残っていた。
*
以降、札幌地下街に入るたび、
俺は誰かに触れられるようになった。
最初は地下鉄のホーム。
次は地下通路。
そして、駅ビル地下のショッピングモールでも。
立ち止まるたびに、
下半身にひんやりとした唇が触れ、
舌が這うような濡れた感触がついて回る。
逃げようにも、
地下に入った瞬間から、
それは必ず現れるようになった。
*
ある日、都市伝説に詳しい友人に尋ねてみた。
「あの通路、自販機の前でエロいことしたら“取り憑かれる”って噂があるんだよ」
「昔、地下街で行方不明になった女性がいて──」
「今も地下にいて、人肌を求めてるんだってさ」
それが“あの女”だと、すぐに気づいた。
今、彼女は俺にだけ現れる。
地下街を歩くたび、
股間に唇が這い、舌が動き、息がかかる。
一度なんて、
地下鉄車内の窓に、
俺の足元にしゃがみ込む女の姿が映った。
その女は、窓越しにこちらを見上げ、微笑んでいた。
*
今ではもう、地上にいると落ち着かない。
地下に降りれば必ずあの女が現れ、
俺を満たしてくれる。
そして、耳元で甘く囁く。
「次は……いつ地下に来てくれるの?」
もう、地上の女とは身体を重ねられない。
肌が乾いて感じられ、
地上での感触は物足りない。
地下にだけ、
俺を満足させてくれる“あの唇”がある。
だから俺は今日も、札幌の地下へ降りてゆく。
──“最後の手”を、求めて。
【完】
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます