第42話『札幌地下通路の“最後の手”』

札幌駅周辺には、表向きには存在しない地下通路がある。

古い地下街の跡地で、何十年も前に使われなくなった通路──

人が消え、灯りも薄暗い。


そんな都市伝説じみた場所を知ったのは偶然だった。

深夜バイトの帰り道、通路の奥に光る、寂れた自販機を見つけた。


湿った空気。

閉塞感。

妙な居心地の良さ。


その夜、誰もいないことをいいことに、

俺はそこでスマホの自慰動画を見始めた。


──動画が後半に差し掛かった頃、

下半身に触れる“冷たい手”を感じた。



(……誰?)


股間にぴたりと、指が絡んでくる感触。


慌てて周囲を見回すが、

通路には誰もいない。


けれども──確かに、手が動いている。


指がゆっくりと、撫でるように下半身を愛撫してくる。


息が乱れ、足が震える。

スマホ画面では動画の女性が喘ぎ、

こちらに語りかけるように画面に寄ってくる。


その瞬間、画面の端に、

“俺が絶対に見ていない角度から覗き込む女の顔”が映った。


青白い肌、黒く濡れた髪。

無表情にこちらをじっと見つめている。


ゾクリ、と背筋に寒気が走ったが──

身体は勝手に“果てて”しまった。


下着の中には、生々しい手の跡だけが残っていた。



以降、札幌地下街に入るたび、

俺は誰かに触れられるようになった。


最初は地下鉄のホーム。

次は地下通路。

そして、駅ビル地下のショッピングモールでも。


立ち止まるたびに、

下半身にひんやりとした唇が触れ、

舌が這うような濡れた感触がついて回る。


逃げようにも、

地下に入った瞬間から、

それは必ず現れるようになった。



ある日、都市伝説に詳しい友人に尋ねてみた。


「あの通路、自販機の前でエロいことしたら“取り憑かれる”って噂があるんだよ」

「昔、地下街で行方不明になった女性がいて──」

「今も地下にいて、人肌を求めてるんだってさ」


それが“あの女”だと、すぐに気づいた。


今、彼女は俺にだけ現れる。


地下街を歩くたび、

股間に唇が這い、舌が動き、息がかかる。


一度なんて、

地下鉄車内の窓に、

俺の足元にしゃがみ込む女の姿が映った。


その女は、窓越しにこちらを見上げ、微笑んでいた。



今ではもう、地上にいると落ち着かない。


地下に降りれば必ずあの女が現れ、

俺を満たしてくれる。


そして、耳元で甘く囁く。


「次は……いつ地下に来てくれるの?」


もう、地上の女とは身体を重ねられない。

肌が乾いて感じられ、

地上での感触は物足りない。


地下にだけ、

俺を満足させてくれる“あの唇”がある。


だから俺は今日も、札幌の地下へ降りてゆく。


──“最後の手”を、求めて。


【完】

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