『夜、肌に触れるのは君じゃない ――第四夜:北国の口づけは冷たくて長い』
第41話『雪女荘では裸で眠れ』
道東、峠を越えた先にぽつんと建つ、古びた一軒宿──
その名は「雪女荘(ゆきおんなそう)」。
冬季休業直前の11月、
一人旅の男・片瀬は、最終客としてそこに宿泊することになった。
案内された部屋には古い炬燵と一組の布団。
ストーブの音が乾いた部屋に微かに響く。
女将が布団を敷きながら、ふいに言った。
「うちはね……裸でお休みいただく決まりなんですよ。」
「そのほうが、湯冷めもしませんし……あの子も、寂しがらない。」
あの子?
聞き返す前に、女将はにこりと笑って部屋を出た。
*
湯は良かった。
硫黄の香りが心地よく、
ぬるめの湯温が身体にじわじわと沁みた。
露天風呂には誰もおらず、
しんしんと雪が降る音だけが響いていた。
(……悪くない)
風呂上がり、言われた通り、何も身につけずに布団へ入る。
布団はふかふかで、ほのかに熱を残していた。
まるで──誰かが、先に寝ていたかのように。
*
深夜、ふと寒気を覚えて目を覚ました。
布団の中で足先が冷えている。
……いや、違う。冷たいのは、何かが這い上がってきている感触。
ぬるり、と。
足首からふくらはぎ、膝、太もも──
冷たい舌のようなものが、脚の内側を這ってくる。
(……誰かいる……?)
動けない。
息が詰まり、喉が凍える。
その“舌”は、やがて腹部に、胸元に、首筋に。
そして、全身に誰かの裸の体がぴたりと重なる。
冷たい。
だけど、確かに女の肌のやわらかさがあった。
耳元で、吐息。
「……あったかい……」
男の腰が、勝手に反応していく。
指が絡まり、舌が胸を舐め、脚が絡まる。
でも──顔は見えなかった。
ただ冷たく、
ただ淫らに、
身体だけが“ひとりでに”果てていく。
*
朝。
目を覚ますと布団の中は冷えきっていた。
床の間には、雪のような白い髪が一本、落ちていた。
あの夜のことを話そうと、フロントへ行くと、
女将はいなかった。
代わりに、宿の古びたパンフレットが目に入った。
その裏にはこう書かれていた。
「雪女荘では、必ず裸でおやすみください。
あの子が、肌を求めております。」
そして最後に、赤い筆でこう付け足されていた。
「布団に入ったあの子は、今夜からあなたの体温を憶えます。
二度と、離れません。」
*
あれから数日。
自宅のベッドに寝ていても、
体温が下がるたび、誰かがぴたりと重なってくる。
シャワーのあと。
冷えた布団。
冷房の効いたオフィス。
──体温が下がる場所なら、どこでも、
「あの肌」が現れる。
裸で抱かれ、舐められ、
いつのまにか果ててしまう。
そして朝、目を覚ますと、
どこかに濡れた白い髪が落ちている。
(今夜も、来る……)
それが怖いのか、
心地よいのか、
もうわからない。
【完】
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