第34話『ヤると死ぬ自販機』

──「○○神社の脇にある自販機で、深夜に飲み物を買って、その夜誰かとヤると呪われる」


──「最初は夢のように感じる。でも、だんだん人数が増えていくんだって」


そんな都市伝説を、どこで聞いたのかも覚えていない。

SNSのまとめか、深夜の掲示板か。

くだらない、ありふれた話。


だけど俺は、それを試した。


あの晩、雨上がりの空の下、

スマホの明かりを頼りに神社の境内を抜け、

鬱蒼とした木々の中に立つ錆びた自販機へ向かった。


ボタンを押すと、カタンと落ちた缶コーヒー。

飲み干して、帰路についた──その足で、彼女の部屋へ。


その夜、俺たちは身体を重ねた。


初めてではなかったけれど、

妙に気持ちよかった。


彼女の吐息が深く、

体温も濡れ具合も、

いつもよりずっと“飢えている”ように感じた。


けれど、背中に腕を回されたとき、

(……あれ?)と思った。


彼女の腕は、肩の下にある。


なのに、背後から回された腕がもう一本ある。


その腕は冷たく、

細く、白く、

体毛がなく、

ぬるりと湿っていた。


(……誰の?)


振り返ると、誰もいない。

でも、耳元で「ねぇ……ねぇ……」と女の声が囁いていた。



翌晩、違う相手と関係を持った。

後腐れのない、大人の遊び。


けれど──また“増えていた”。


行為の最中、肩を撫でる手が“3本”になり、

腰を支える感触が、両脇から別々に感じられた。


目を閉じると、髪が顔にふれる。

でも、目の前にいる相手はショートカットだった。


目を開けても、部屋にはふたりきり。

──なのに、明らかに“5本以上の手”が身体を撫でていた。


喘ぎ声が増えていく。

彼女の声に重なって、

別の女たちの吐息と笑い声が響きはじめる。



恐ろしくなって、

あの自販機について調べた。


ネットには、似た話がいくつもあった。


「あそこは元は慰霊碑だった」


「昔、神社の裏で輪姦事件があって……」


「その自販機、前は“祠”だったんだよ」


どれも不確かで、でも、全部本当のように思えた。


あの日、俺は**“何かを飲んだ”んじゃない。**

**“誰かに飲まれた”**のかもしれない。



今ではもう、

誰かと抱き合っても、

最低でも三人分のぬくもりを感じる。


後ろから手が伸び、

脇から舌が這い、

髪が脚にまとわりつく。


快感は増す一方だった。

……だが、相手は疲れ切って、途中で泣き出すようになった。


「ねぇ……誰かが、触ってる……あたし以外が、抱いてる……」

そう震えながら、体を引き離していく。



先日、スマホで動画を撮ってみた。

隠し撮りのように、ベッドの端に置いて。


そこには俺と彼女、

そして──白い手が4本以上、男の体をまさぐる映像が映っていた。


髪。腕。口元。

それらはすべて、空中から生えていた。


彼女の顔が青ざめていた。

でも、俺は……笑っていた。


あれが、今の“俺”。


もう、普通のセックスでは、何も感じられなくなっている。


どんなに魅力的な相手でも、

あの夜の“彼女たち”が、必ず割り込んでくる。


今でも、自販機は夜中に光っている。


「また飲んで」

「もっと触れて」

「増えていいんでしょ?」


俺の身体は、今や**“共用物”になってしまったのかもしれない。


【完】

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