第34話『ヤると死ぬ自販機』
──「○○神社の脇にある自販機で、深夜に飲み物を買って、その夜誰かとヤると呪われる」
──「最初は夢のように感じる。でも、だんだん人数が増えていくんだって」
そんな都市伝説を、どこで聞いたのかも覚えていない。
SNSのまとめか、深夜の掲示板か。
くだらない、ありふれた話。
だけど俺は、それを試した。
あの晩、雨上がりの空の下、
スマホの明かりを頼りに神社の境内を抜け、
鬱蒼とした木々の中に立つ錆びた自販機へ向かった。
ボタンを押すと、カタンと落ちた缶コーヒー。
飲み干して、帰路についた──その足で、彼女の部屋へ。
その夜、俺たちは身体を重ねた。
初めてではなかったけれど、
妙に気持ちよかった。
彼女の吐息が深く、
体温も濡れ具合も、
いつもよりずっと“飢えている”ように感じた。
けれど、背中に腕を回されたとき、
(……あれ?)と思った。
彼女の腕は、肩の下にある。
なのに、背後から回された腕がもう一本ある。
その腕は冷たく、
細く、白く、
体毛がなく、
ぬるりと湿っていた。
(……誰の?)
振り返ると、誰もいない。
でも、耳元で「ねぇ……ねぇ……」と女の声が囁いていた。
*
翌晩、違う相手と関係を持った。
後腐れのない、大人の遊び。
けれど──また“増えていた”。
行為の最中、肩を撫でる手が“3本”になり、
腰を支える感触が、両脇から別々に感じられた。
目を閉じると、髪が顔にふれる。
でも、目の前にいる相手はショートカットだった。
目を開けても、部屋にはふたりきり。
──なのに、明らかに“5本以上の手”が身体を撫でていた。
喘ぎ声が増えていく。
彼女の声に重なって、
別の女たちの吐息と笑い声が響きはじめる。
*
恐ろしくなって、
あの自販機について調べた。
ネットには、似た話がいくつもあった。
「あそこは元は慰霊碑だった」
「昔、神社の裏で輪姦事件があって……」
「その自販機、前は“祠”だったんだよ」
どれも不確かで、でも、全部本当のように思えた。
あの日、俺は**“何かを飲んだ”んじゃない。**
**“誰かに飲まれた”**のかもしれない。
*
今ではもう、
誰かと抱き合っても、
最低でも三人分のぬくもりを感じる。
後ろから手が伸び、
脇から舌が這い、
髪が脚にまとわりつく。
快感は増す一方だった。
……だが、相手は疲れ切って、途中で泣き出すようになった。
「ねぇ……誰かが、触ってる……あたし以外が、抱いてる……」
そう震えながら、体を引き離していく。
*
先日、スマホで動画を撮ってみた。
隠し撮りのように、ベッドの端に置いて。
そこには俺と彼女、
そして──白い手が4本以上、男の体をまさぐる映像が映っていた。
髪。腕。口元。
それらはすべて、空中から生えていた。
彼女の顔が青ざめていた。
でも、俺は……笑っていた。
あれが、今の“俺”。
もう、普通のセックスでは、何も感じられなくなっている。
どんなに魅力的な相手でも、
あの夜の“彼女たち”が、必ず割り込んでくる。
今でも、自販機は夜中に光っている。
「また飲んで」
「もっと触れて」
「増えていいんでしょ?」
俺の身体は、今や**“共用物”になってしまったのかもしれない。
【完】
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