第24話『一緒に寝てただけ、だったのに』

「昨日、なんか夢見たんだよ」


朝、目覚めると、俺は妙にくたびれていた。

肩から背中にかけて、じんわりとした“ぬくもりの記憶”が残っていた。


──彼女に、後ろから抱きしめられていた感触。

髪が首にかかる感じ。

耳元にそっと添えられた手。


でも、隣で寝ていた彼女は、布団の中で静かに目を覚ましただけだった。


「……なに? 私、寝相悪かった?」


そう聞くと、彼女は笑って言った。


「え? 抱きついてた? してないよ。

ずっと同じ姿勢で寝てたと思う。

というか……そっちに背中向けてたはずだけど?」


(……え?)


けれど──俺は確かに感じていた。

寝ている間中、ずっと後ろから抱かれていた。

柔らかな胸と、細い腕と、温かな吐息。


目を閉じても、その感触はまるで現実だった。


(……じゃあ、あれは誰……?)



その違和感が忘れられず、

次に泊まりに行った夜、俺はスマホで定点録画を試してみた。


ベッドの向かい、棚の上にスマホを固定し、

寝姿が映るようにタイマー録画。


そして、彼女の布団に入って眠った。


その夜も、例によって“誰かに抱かれる感覚”があった。


背中に寄せられる体温。

肩に回る腕。

そして、耳元にくすぐるような吐息──


「……一緒に、いられるね……」


夢うつつの中で、そう囁かれた気がした。



翌朝、録画を確認した。


映像はほぼ暗闇だったが、

深夜2時過ぎ──俺が寝返りを打った瞬間、布団が不自然に浮いた。


そして、俺の背中側に、

もうひとつのうっすら揺れる体影が重なっていた。


輪郭はぼんやりしていて、

髪が長く、肩幅が狭く、裸のように見える“女性のシルエット”。


彼女ではない。

彼女は隣で眠ったまま、動いていなかった。


でもそのもうひとつの影は、

俺の背中に、まるで“帰ってきた”かのようにそっとくっついて、一晩中、離れなかった。



それから数日後、俺と彼女は少し距離を置くことになった。


些細なすれ違いだったが、連絡も減っていった。

ひとりで眠る夜が増えた。


──だが。


不思議なことに、

ひとりのはずの布団に、“あのぬくもり”は残っていた。


背中から誰かが寄り添ってくる。

手首を撫で、肩に唇を押し当てるような感触。


それは、あの夜の記憶と同じだった。


しかも、日に日にリアルになっていった。


布団の中に手を差し入れると、誰かの指と絡まる。

頬に髪がふれる。

耳元で、こんな声が囁かれるようになった。


「……だいじょうぶ。わたし、ひとりじゃないよ。

あなたが、ひとりの夜をやめたくなるまで……

毎晩、隣で抱いてあげる」


(……誰……なんだよ、お前は)


そう問いかけても、返事はなかった。


ただ、今夜も──

ベッドに入ると、あのぬくもりが、自然に背中に重なってくる。


それは心地いい。

でも、少しずつ温度が下がっている気がした。


まるで、俺の体温を吸いとるように。


【完】

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