第24話『一緒に寝てただけ、だったのに』
「昨日、なんか夢見たんだよ」
朝、目覚めると、俺は妙にくたびれていた。
肩から背中にかけて、じんわりとした“ぬくもりの記憶”が残っていた。
──彼女に、後ろから抱きしめられていた感触。
髪が首にかかる感じ。
耳元にそっと添えられた手。
でも、隣で寝ていた彼女は、布団の中で静かに目を覚ましただけだった。
「……なに? 私、寝相悪かった?」
そう聞くと、彼女は笑って言った。
「え? 抱きついてた? してないよ。
ずっと同じ姿勢で寝てたと思う。
というか……そっちに背中向けてたはずだけど?」
(……え?)
けれど──俺は確かに感じていた。
寝ている間中、ずっと後ろから抱かれていた。
柔らかな胸と、細い腕と、温かな吐息。
目を閉じても、その感触はまるで現実だった。
(……じゃあ、あれは誰……?)
*
その違和感が忘れられず、
次に泊まりに行った夜、俺はスマホで定点録画を試してみた。
ベッドの向かい、棚の上にスマホを固定し、
寝姿が映るようにタイマー録画。
そして、彼女の布団に入って眠った。
その夜も、例によって“誰かに抱かれる感覚”があった。
背中に寄せられる体温。
肩に回る腕。
そして、耳元にくすぐるような吐息──
「……一緒に、いられるね……」
夢うつつの中で、そう囁かれた気がした。
*
翌朝、録画を確認した。
映像はほぼ暗闇だったが、
深夜2時過ぎ──俺が寝返りを打った瞬間、布団が不自然に浮いた。
そして、俺の背中側に、
もうひとつのうっすら揺れる体影が重なっていた。
輪郭はぼんやりしていて、
髪が長く、肩幅が狭く、裸のように見える“女性のシルエット”。
彼女ではない。
彼女は隣で眠ったまま、動いていなかった。
でもそのもうひとつの影は、
俺の背中に、まるで“帰ってきた”かのようにそっとくっついて、一晩中、離れなかった。
*
それから数日後、俺と彼女は少し距離を置くことになった。
些細なすれ違いだったが、連絡も減っていった。
ひとりで眠る夜が増えた。
──だが。
不思議なことに、
ひとりのはずの布団に、“あのぬくもり”は残っていた。
背中から誰かが寄り添ってくる。
手首を撫で、肩に唇を押し当てるような感触。
それは、あの夜の記憶と同じだった。
しかも、日に日にリアルになっていった。
布団の中に手を差し入れると、誰かの指と絡まる。
頬に髪がふれる。
耳元で、こんな声が囁かれるようになった。
「……だいじょうぶ。わたし、ひとりじゃないよ。
あなたが、ひとりの夜をやめたくなるまで……
毎晩、隣で抱いてあげる」
(……誰……なんだよ、お前は)
そう問いかけても、返事はなかった。
ただ、今夜も──
ベッドに入ると、あのぬくもりが、自然に背中に重なってくる。
それは心地いい。
でも、少しずつ温度が下がっている気がした。
まるで、俺の体温を吸いとるように。
【完】
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