第15話 ふたりだけの打ち上げ計画

体育祭が終わって数日。

クラスには、なんとなく一体感のようなものが漂っていた。成績はちょうど真ん中だったが、それでも「頑張った」という空気が、表情を柔らかくしている。


俺は、放課後の教室で、配布プリントの整理をしていた。体育祭実行委員の後処理もだいたい終わり、あとは片付けと報告書をまとめれば役目も終了。


「……あの、裕樹くん」


その声に振り向くと、例のごとく不安げな表情の白雪彩香が立っていた。


「どうした? またプリント落としたとか?」


「ち、ちがうよっ!? 今日はちゃんと……ほら、ちゃんと持ってるし……!」


そう言って見せてきたプリントは、確かにしっかりファイルされている。……何枚か上下逆さまだったけど。

…どうしたらそうなるんだ?


「で、何か用か?」


「えっと、その……今度の土曜日、ちょっと空いてる?」


唐突な誘いに、少しだけ戸惑う。

が、別に予定があるわけでもない。


「空いてるけど……なんかあるの?」


「うん。クラスで“打ち上げ”やるかもって話が出てて。その、幹事……みたいな感じで、お店を何件か見ておこうって」


「なるほど。で、俺もその視察に同行と?」


「うん……というか、できれば“ふたりで”行きたいなって……」


「クラスの行事の視察、か」


「え、えっと……その、下見のついでに、ちょっとくらい休憩してもいいかなって……あ、もちろん、仕事もちゃんとするから!」


頬を赤らめて言い訳する姿を見て、思わず苦笑する。


「わかったよ。じゃあ、土曜な。集合時間はまたLINEしてくれ」


「う、うんっ! ありがと、裕樹くん!」


ぱあっと表情が明るくなる。


(ほんと、感情が顔に出やすいよな、この子)


……って油断した瞬間。


「きゃっ!? あ、あれっ、足が、あああっ!」


ガタンッ! と音を立てて、椅子の脚に引っかかってこけそうになる彩香。なんとか机に手をついて踏みとどまる。


「……まさかのポンコツ発動、早すぎじゃね?」


「し、仕方ないよぅ……教室の床、斜めになってるんだよ、きっと……!」


「いや、それはさすがにない」


結局、俺が倒れかけた椅子を直し、プリントを拾って、ようやく会話は一段落した。


***


土曜日。

待ち合わせ場所の駅前には、制服ではない私服姿の彩香が立っていた。


「お待たせ……って、あれ、早かった?」


「ううん、私もさっき着いたとこ」


――とは言うが、手にしているペットボトルは半分以上減っていた。


「んで、今日は何件くらい回る予定?」


「えっと、3件くらい見ておこうかなって……予約とかもしやすいし」


「了解。じゃあ、とりあえず近いとこから行こう」


一件目の店は、クラスメイトの誰かが“ネットで評判良さそう”と言っていた店らしい。


店内を軽く見学し、席の広さや雰囲気を確認する。対応してくれた店員さんも感じがよく、印象は悪くない。


「ここ、わりと良さそうじゃない?」


「うん……広いし、値段も手ごろだったし……それに、飲み放題メニューに“いちごミルク”があるの、ちょっと気になる……」


「それは彩香の好みでしょ……」


「だ、だって、甘いの好きなんだもん……」


小声でぶつぶつ言いながらスマホにメモを取る彩香。

隣を歩くとき、彼女の肩が時々こちらにふれて、ぎくしゃくと離れていくのがなんだか妙に可笑しい。


二件目、三件目も無事に見終わり、最後は駅近くのカフェで休憩することにした。


「……おつかれ、彩香」


「うん……ありがと、裕樹くん」


ホットドリンクを両手で包み込むように持ちながら、彩香がふうっと息をつく。


「こうやって、ふたりで歩くの、なんか久しぶりって感じがする」


「そうか? 体育祭前もけっこう一緒にいたけど」


「でも……そのときって、ほら、行事の準備だったから。こうしてちょっと息抜きするのは、なんか、ちがうなって……」


その言葉に、どこかくすぐったいような、照れくさいような気持ちが胸の中に広がる。


(……たしかに、なんか“特別”な時間、って感じがしなくもない)


気のせいじゃない。

たぶん、彩香も俺も、そのことには気づいてる。


でも、あと一歩が踏み出せない。


それが俺たちの“関係”なんだろう。


「……あ、そろそろ電車、時間やばいかも」


「だな。じゃあ、改札まで送るよ」


駅前に戻るまでの道すがら、会話はあまりなかった。けど、不思議と気まずくはない。むしろ、落ち着く静けさだった。


「今日はありがとね。ほんとに助かった」


「こっちこそ、甘い飲み物の好みまで聞けて、いい勉強になりました」


「ちょ、それ皮肉!?」


「半分くらいはな」


「むーっ!」


そんな風にじゃれ合って――


改札前で、ふと会話が止まった。


「……またさ、どっか行こうよ」


「ん?」


「いや、その……お店の下見とかじゃなくて。次は、ふつうに……どっか、遊びにさ」


「……あー、そういうのなら……まあ、いいけど」


「ほんと?」


「ああ、またLINEするよ」


「うんっ!」


笑顔を向ける彩香。

その横顔に、今までよりほんの少しだけ、近づけた気がした。


(……気のせいじゃないよな、たぶん)


次に会うとき、もう一歩、踏み出せるだろうか。


その一歩を楽しみに、俺は家路へと足を向けた。

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