第5話 完璧じゃないのは俺もだ

「――ってわけで、あのハート型ウインナーって、やっぱさぁ……」


昼休み、いつものように教室の片隅で弁当を食べながら、柴田奏斗がニヤニヤとした顔で話しかけてきた。


「やっぱ、狙ってるってことじゃない?」


「うるさい。言うな」


俺、花宮裕樹は、昨日の“お弁当事件”の余韻からまだ立ち直れていなかった。


白雪彩香――あの“完璧美少女”が、俺のために手作り弁当を渡してくれた。しかもそれが「余りもの」なんかじゃなくて、「次は花宮くん用に作る」なんて言われてしまった日には。


寝られるわけがない。


「で、次はいつもらえるわけ?」


「知らん」


「じゃあ今日の昼休み、愛しの白雪さんの席の下に弁当がないか見てくるか?」


「やめろストーカー」


「え、じゃあ裕樹の机の中か?」


「帰れ」


冗談めかして話してはいるが――内心、かなり混乱していた。

あれは、どういう気持ちでくれたんだろう。

“余りもの”って言ってたけど、あの丁寧さは明らかに“誰かのため”だった。

そして、俺はそれを“美味しい”と言った。言ってしまった。


……なんか、やばいかもしれない。


そんな考えに囚われていた俺は、廊下の曲がり角で、まさかの“本物”と正面衝突してしまった。


「あ、ごめ――あ」


「きゃっ――!」


黒髪がふわりと宙に舞って、教科書とプリントが床に散らばる。

白雪彩香、だった。


「あああ……ま、またやっちゃった……!」


「いや、俺の前方不注意。手、貸すよ」


しゃがんで紙を拾いながら彼女を見ると、案の定、顔は真っ赤。

目を泳がせ、手元も落ち着かない。


「べ、べつに、わ、私が悪いわけじゃ……っ、いや、悪くはあるけど……っ」


「落ち着け」


「ううう……」


俺がプリントを拾って彼女に渡すと、白雪さんは「ありがとう……」と蚊の鳴くような声でつぶやいた。


――ほんと、不思議だよな。

普段は、誰よりも“しっかり者”なのに。

俺の前だと、なぜかこうしてボロボロになる。


(昨日のお弁当の件もそうだ)


どうして、俺の前だとこんなふうになってしまうんだろう。


「……な、なんで私、こうなるんだろ……」


ぽつりとこぼした彼女の呟きに、俺は思わず口を開いた。


「別に、無理しなくていいんじゃね?」


「え?」


「白雪さんって、完璧だって言われてるけど……それって、ほんとに全部じゃないだろ」


彼女はびくっと肩を震わせた。


「いや、悪い意味じゃないよ。むしろ、俺は……」


一瞬、言葉を選ぶ。

(俺は、そんなあんたのほうが――)

けど、そんなこと言えるわけがない。

言ったら、何かが壊れる気がして。


「……俺もさ」


「……?」


「完璧じゃないよ。人と話すのも得意じゃないし、勉強も普通、特技もないし……部活もしてないし」


「……でも、優しいよね。花宮くん」


「そうか?」


「だって、いつも拾ってくれる」


その言葉に、一瞬心が揺れた。


(“拾ってくれる”って……)


落ちた教科書のことだけじゃない。多分。

彼女の中で、何かが少しだけ溢れて、それを俺が“拾ってる”――そんな意味があるような気がして、少しだけ胸が熱くなる。


「ありがと……」


ぽつりと呟いた彼女は、プリントを抱えなおして微笑んだ。

その笑顔は、どこか照れくさくて、でもとても綺麗だった。


* * *


放課後。


いつものように帰ろうとした俺の背中を、小さな声が呼び止めた。


「……あのね」


振り返ると、階段の下に白雪さんが立っていた。


「今日、ね……お弁当、また作ってきたんだけど……ちょっと失敗しちゃって……」


「……そうなんだ」


「で、渡すのやめようかなって思ってたんだけど……でも、もし良かったら……」


「食べたい」


言葉を遮るようにそう言っていた自分に、驚いたのは俺自身だった。


白雪さんは、ぽかんとしたあと、ふわっと笑って――


「……うん。じゃあ、明日はもっと、ちゃんと作ってくる」


その言葉が、どうしようもなく嬉しかった。


たぶん俺は、もう気づいている。

“完璧じゃない彼女”に惹かれてるってこと。

だけどそれは、俺自身が“完璧じゃない”からかもしれない。


だからこそ、同じように揺れる彼女の姿に、目が離せなくなるんだ。


夕日が差す廊下で、俺たちはしばらく、言葉もなく立ち尽くしていた。

だけど、不思議と心は、ずっと騒がしかった。


* * *


「……ねえ、花宮くん」


階段の下。誰もいない放課後の空気の中で、白雪さんが、小さく口を開いた。


「うん?」


「――今日、私、勇気出して来たの」


「……え?」


「失敗したって思ってたけど、届けたくて。渡せなかったら、たぶんずっと後悔すると思ったから……」


胸の前で指先を握りしめるようにして、彼女は、まっすぐ俺を見ていた。


その黒髪ロングが夕日を反射して、淡く揺れてる。

頬は赤く、目は不安そうで――でも、ほんの少しだけ、期待しているようにも見えた。


「そ、そんな大げさな……」


「大げさじゃないよ。……だって、私、花宮くんに“だけ”渡したかったから」


“だけ”。


そのたった一言に、どれほどの気持ちが詰まっていたのか――俺にはわからなかった。けれど。


「……ありがとな」


それが、俺の限界だった。


白雪さんは微笑んだ。

――でも、その笑顔は、ちょっとだけ寂しそうで。


「じゃあ、また明日。……お弁当、楽しみにしてて」


「……うん」


彼女は踵を返し、昇降口の方へ歩いていった。

黒髪がふわりと揺れ、その背中が、少しずつ遠ざかっていく。


俺は、その場から動けなかった。


言葉にできなかった想いと、気づかないふりをした自分が、胸に残って。


(……なんだよ、“だけ”って)


頭では考えてるのに、心がそれ以上にざわついてる。


「やばいな、これ……」


つぶやいた声は、誰にも届かずに、夕日の中へと消えていった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る