第38話 辺境伯に到着する!

◆ モモ=リュミエール視点 ◆


 馬車の車輪が石畳の道をこつこつと刻む音を立てながら、私たちは辺境伯領の城へと近づいていた。

 昨夜、フェリクスとの“事件”を経て、二人の関係は急展開を迎えたばかり。

 手を握り合ったまま、互いに目を合わせ、無言のまま笑い合う瞬間もある。

 馬車の中の空気は、ほんの少しだけ気まずく、でも甘い空気で満たされていた。


 フェリクスは隣で、冗談を交えながら私の肩を軽く叩く。

「おい、モモ、昨日のこと、もう思い出さないか?」とニヤリ。

「そ、そんなの簡単に忘れられるわけないでしょ!」と答えると、私の頬が少し熱くなる。思わず視線を落とす。


ハルト先輩とレオノーラ先輩は、馬車の前方で座っている。

ふたりは相変わらず自然体で会話しているが、目が時折、私たちの方に向くのが分かる。

 ああ、昨夜のこと、思いっきり見られてしまったのだ……。視線の端で、ハルトが少し眉をひそめ、レオノーラが口元を押さえて笑っているのが見えた。二人の会話も少しだけ聞こえた。


「……まったく、あの二人、どうしてこうも仲が良いのかしら」

 レオノーラがぽつりと言うと、ハルトは苦笑しながら肩をすくめた。

「そうだな……ま、俺たちも似たようなもんだろう」


 私は心の中でため息をつく。似たようなもん……と言われても、私の場合はもうフェリクスとの恋仲ということだ。そして、彼はすごいことに辺境伯の長男。将来の立場も桁違いだ。

 ハルト先輩と比べれば、うんと安定している。あんなハプニングを目撃された後では、もうハルト先輩との恋は不可能だろう。


 馬車が城の門に差し掛かると、兵士たちが整列し、我々を出迎える。城の石造りの壁は、辺境伯領の威厳を示している。

 馬車を降りると、フェリクスは私の手をそっと握り、安心させるように微笑む。「ほら、モモ、もう安心だ。これからは一緒に歩むんだ」


 私は彼の言葉に小さく頷き、自然と微笑みが漏れる。心の中で昨夜の出来事が再生され、思わず頬が熱くなる。

 わたしはもう一人ではない。何も恐れる必要はないのだ。これからはフェリクスが隣にいてくれるのだ。


 城内に通され、広間で朝食をとることになった。ハルト先輩とレオノーラ先輩も並んで座る。

 私はフェリクスと隣同士で座り、少しぎこちなくも、自然に手を握り返す。フェリクスは気まずさを感じさせないよう、にこやかにパンを手に取り、私に冗談を言う。

「辺境伯領では一つのパンをちぎって、愛する人に食べさせるのが、好きな人への告白なんだよね」


「……それは……」

 と私は口ごもるが、フェリクスはわたしの口にちぎったパンを食べさせる。ちぎったパンを渡す。契りを交わしたという語呂らしい。

 それを聞いたハルト先輩は、にやりと笑みを浮かべると、自らパンをちぎってレオノーラ先輩の口元に届けようとする。それをレオノーラ先輩はパクっと食べていた。


「……二人とも、朝から何をさせるのかしら?」

 レオノーラ先輩の問いかけに、私たちは慌てて笑顔を作る。フェリクスが私に耳打ちする。

「大丈夫、心配するな。ここでは堂々としていよう」


 そう言われ、私は深呼吸をする。昨日までは、まさか自分が辺境伯の長男と恋人になる日が来るなんて考えもしなかった。


 朝食を終え、広間を出ると、城内の案内を受けながら歩くことになった。廊下の窓から差し込む朝の光が、私たちの手に重なる影を長く伸ばす。フェリクスは時折、肩をくすぐったり、軽く冗談を言ったりしてくる。

 私は自然に笑顔を返す。


「……モモ、楽しそうだな」

 ハルトの声に振り返ると、彼は少し苦笑している。昨夜のことを知ってか知らずか、どう反応していいか迷っている様子だ。レオノーラも横で、目を細めて微笑んでいる。

「……ハルト。さすがにモモとフェリクスは野営先ではやりすぎだけど、若い二人は常に燃え上がるものなのよ」

「レオノーラ先輩も若いですが……」

 私は小さくつぶやく。

 フェリクスは私の手をぎゅっと握り返す。

「モモ。これからは一緒だ。もう、誰も邪魔できない」

 彼の声に、私は心の底から安心する。

 あの事件があったからこそ、私たちは今ここにいる。偶然の積み重ねが、こんなに素晴らしい未来につながるなんて、誰が想像しただろう。


 廊下を進む途中、ハルト先輩とレオノーラ先輩の二人も後ろから歩いている。

 ハルト先輩が小声でつぶやく。

「……ま、まあ、二人とも幸せそうだからいいか」

 レオノーラ先輩も同意するように頷く。

「でも、モモ……大胆ね、わたしも夜這いしようかしら」


 私は赤面しつつも、フェリクスの腕に自然と寄り添う。これからの生活は、きっと平穏とは言えないだろう。

 でも、フェリクスとなら、どんな困難も乗り越えられる気がした。


そして、私は思う――ハルト先輩への片想いの恋は終わったかもしれない。

 でも、フェリクスとの新しい日常が、ここから始まるのだと。辺境伯領という広大な世界のことを考えながら、二人で歩む未来を、私は胸にしっかりと描いていた。


 昨日の夜の偶然は、私たちに新しい運命をもたらした。これからは、笑いあり、冗談あり、ちょっとしたドキドキもありながら、フェリクスとともに日常を歩む――その第一歩が、ここ、辺境伯領で始まろうとしているのだった。

 わたしたちの冒険はこれからなのだ!

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【祝PV1達成】婚約破棄された翌日、婚約破棄令嬢を拾った無能な伯爵家7男ハルトは、剣聖の力を手に入れたので、復讐します! 山田 バルス @nanapapa

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