第35話 モモの夜襲!そして、キス

◆ ハルト=アルゼット視点 ◆


辺境伯領へ向かう道のりも長く、日没前に森の中で野営をすることになった。馬車は林間の小さな広場に停まり、夜の帳がゆっくりと落ちる。周囲には焚き火の用意があり、兵士たちや護衛たちが手際よく設営を始めた。


「ふぅ……やっと休めそうね」


レオノーラが杖を背に背負いながら、森の香りを深呼吸する。イフリートの気配が彼女の体内で微かに光り、赤い熱のようなものを放っていた。ボクは剣を横に置き、ゆっくりと座り込む。長い移動で体も重い。


下級生のモモとフェリクスも荷物を整理しながら、どこかそわそわしている様子だ。フェリクスはお菓子を取り出してつまみ食いし、モモはそれをたしなめながらも、表情はどこか楽しそうだ。


「さて、今日はここで泊まるわけだな」


ボクが小声でつぶやくと、レオノーラは肩をすくめる。


「森の夜は静かだけど、油断はできないわね。精霊の気配も少し不安定だし」


夜も更け、皆が寝床に就く時間になった。馬車の一部を囲んで簡易的な寝床が作られ、ボクは剣を手元に置きながら横になる。レオノーラはすぐ隣で、イフリートを体内に宿したまま、火を絶やさぬように手元で魔力を回している。


「ハルト……?」


寝入りばな、暗がりの中でモモの小さな声が聞こえた。


「……ん?」


何事かと目を開けると、モモがこちらに近づいてきた。どうやらボクの寝込みを狙って何かを仕掛けようとしているらしい。あの真剣な顔と少し赤くなる頬は……たしかに狙っている。


「……モモ、まさか……」


しかし、その瞬間――モモの足がボクの寝床ではなく、隣の方、つまりフェリクスの寝ている場所に踏み込んでいることに気付いた。


「え……?」


気付いたときには遅く、モモはフェリクスの顔に近づき、抱き寄せる形になってしまった。フェリクスはびっくりして目を見開く。


「ちょ、ちょっと待て! モモ?」


「……あっ!」


モモも目を見開く。手が触れ合う距離で、二人の呼吸が乱れる。次の瞬間、何かが止められず、唇が触れ合ってしまった。


「えっ、えっ……!」


森の夜の静けさの中、二人の小さな動揺が伝わってくる。ボクは思わず目を見開き、布団から起き上がろうとした。


「……なんだ、なんだ! 敵襲か!?」


レオノーラも目を覚まし、杖を手にして立ち上がる。焚き火の明かりが揺れる中、ボクたちは走り寄る。


すると目に入った光景――モモとフェリクスが、まるで世界から二人だけ切り離されたかのように、顔を近づけている。唇が重なり、赤面しながらも互いを見つめ合う姿に、思わず息が詰まる。


「……おいおい……」


ボクもレオノーラも、言葉を失った。レオノーラは額に手を当て、ため息混じりに呆れた声を出す。


「……おいおい、そんなことは屋敷に戻ってからしてくれ……」


「ほんとに、何やってるの、二人とも……!」


モモとフェリクスは互いに赤くなり、唇を離す。目を見開きながらも、まだ手は重ねている。どうやら偶然のキスが二人の距離を縮めてしまったらしい。


「……ふぅ……す、すまない、モモ」


「……い、いいの、フェリクス……」


二人は息を整えつつも、まだ互いを見つめ合っている。その様子は、若干ぎこちなくも、確かに互いを意識している証拠だ。


ボクは深く息をつき、剣を握る手の力を抜く。レオノーラも肩をすくめる。


「……ああもう……」


その後、モモとフェリクスはそれぞれ寝床に戻ることにしたが、視線はまだ互いに絡んでいる。ボクたちは焚き火の周りで、呆れながらも静かに夜を過ごすことになった。森の中、異常な魔力もなく、ただ静かな夜の帳が降りる。


「……次からは、寝床の位置を間違えないようにしろよ、フェリクス」


ボクが小声で注意すると、フェリクスは赤面しながら頷く。モモも少し照れながら、うつむいた。レオノーラは杖を手にしたまま、ちらりと二人を見て微笑む。


「……まあ、これも若さの冒険、かしらね」


森の夜は穏やかに、しかし少し騒がしいまま過ぎていく。ボクは剣を抱き、焚き火の温もりに耳を澄ませながら、奇妙な充実感を覚えていた――仲間たちとの旅は、まだまだこれからだ。

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